天帝教極院 聖訓 聖訓324号

極初大帝:  

伝示日時:二〇二一(民国一一〇)年九月十八日
聖訓324号辛丑年八月十二日未の刻

 春劫が襲来し,全教の同奮は誠意を尽くし団結して,心と徳を共にし,両誥と基本経典の奉読教化を続けて,殺伐の気を緩和し,暴戻凶殺・陰霾・歪風・邪気・妖気を途絶する。台湾海峡両岸の関係と対峙は,明暗が交錯して,物事が錯綜しているが,周囲を顧みると,諸国の情勢もまた同じである,時には良く時には悪く,陰陽交錯して,春劫の態勢は,ただ奮闘してかすかな機会をつかんでこそ,生機・契機がある。安定の中で進歩を求めるのは,実事求是であり,安定の中で成長する。辛丑年は八月に至り,心に手を当てて自問する:職責をきちんと果たしたか。廿字教則によって人と物に対したか。誠心誠意祈祷し懺悔して,公私を分け,明るい鏡を懐に持ってこそ,向上できる,修道の過程は本心・初心を掌握し,心が安らいで理を得,教えに忠誠を尽くし意思を変えず,道の道のりを定めるのである。

首席正法文略導師:    

伝示日時:二〇二一(民国一一〇)年九月十八日
聖訓325号辛丑年八月十二日酉の刻

 宗教の内化を重んじ,修持を語り,品格を論じ,私的に交際せず,縁に頼らず,公正を第一にする,もし廿字に違い、教則に反すと,教綱第五章規約の「教宝・教則・教約・教銘」によるので,天帝教同奮はいずれも理解して詳細に読まなければならない,それによって徳に進み業を修め,修持を強化し,徳の水準を高める。

 極初大帝は一生に恭しく従い,師の命に服従して,自分のために思い巡らすことをせず,個人の福報を求めず,救劫使者を引き連れて救劫弘教を行なった,本地球は三期末劫に遭い,目下の環境において行劫の気運が日に日に激烈になっており,全人類で身を外に置ける者はいない,新型コロナウイルスを例に取ると,全世界は運命共同体で,天帝教の救劫は,朝晩 上帝に哀求し核戦争による毀滅を化延されるよう求めることから始めるよう求める,核戦争の危機を化延する初歩の目標は達成されたが,人心は溺れ,種々の奇々怪々な行為は大自然の反駁を呼び,天災・人災・疫毒などの災劫を引き起こし,救劫化劫の人心における自覚・相互援助による,「覚世興仁」が救劫の課題の鍵となっている,三年と期とし,人心の変化を観て,心毒を取り去ってこそ疫毒は除去できる。

 救劫使者は自らの身を手本として,「心霊を浄化し」,心毒を排除して,自らの身から始め,五門の功課を勤めて行い,勤修苦煉,性命双修して,黙々と犠牲奉献し,苦労も苦しみも物ともせず,伝承を守り,天命に従って,道を抱き仁を広め,言行は偏らず中を執る。

首席督統鐳力前鋒:

伝示日時:二〇二一(民国一一〇)年九月十八日
聖訓326号辛丑年八月十二日酉の刻

二〇二一(一一〇)年度無形宣慰親和にすいて,更に指示を加える:

  一、「安全」を重視し,各種防疫作業を確実に執行する。

  二、参加する同奮は威儀を正し,儀礼に注意して,道風を明らかにする。儀式は簡単ながら荘重で,神聖荘厳にする。

  三、無形宣慰親和の,「黄表焚化」儀礼は,環境保護の規定を適切に処理する。

  四、神を祭るには,神がそこにいるかのように祭る,台湾地域の宣慰親和各地を清平に守り,同奮が誠意を込めて参加して,心に感恩を存し,「心と神があい応ずる」ように。

極初大帝:

伝示日時:二〇二一(民国一一〇)年九月二十一日
聖訓327号辛丑年八月十五日午の刻

 旧暦八月十五日は第二祀道節であり,祀道は祭祀の伝統的な規律・法則・天大・地大・道大である,祭の礼は,心に表される,今日光殿に上がり,頂礼謝恩して,道心・初心の奉献を表す。

 天帝教の同奮は日常は光殿に上がることは少ないが,旧暦一・十五日は光殿に上がらなければならず,陽質射線の祥光が差し照らし,身・心・霊を調整して,精神鍛煉に修行のわざを下して,命功・性功・神功は同時に進む。

 旧暦八月十五日は中華文化の伝統である中秋節でもある,月は丸く人も丸く(集まる),意味は円満吉祥にあり,平安和美であるので,中秋節の慶事はすなわち中華文化の伝統の伝承であり,親情倫理の本を体現している。

 新暦の九月二十一日は,二十二年前,復興基地台湾では中部地域において大地震が発生した,これは重大な天災の警告であり,今日の新暦と旧暦の日は,過去を放下して,未来を展望し,新気象を迎えることを明らかにして,修道の本質を明らかにし,人道・天道が揃って進み,天人合力して新運を創造するものである。

 

 


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本書は当時のまま校正もしていません。 日本人の持つ大和魂の価値感を呼び起こし、 今後の日本国復興再建に役に立つ提言と確信しております。