最新の聖訓

玄玄上帝:聖訓

一0 六年 二 月二十八日

丁酉年 二 月 三 日 巳の刻

 

人間界からの報告によると、 台湾ではH 5 N 6 の高病原鳥インフルエンザが検出された、この病毒により韓国においては三千三百万匹の家禽が撲殺され、日本においては一四0万匹が撲殺され、更に鳥から人に伝染する危機があって、高い伝染力と高い致病性を持っている。

特に病毒が突然変異すると、その殺傷力は倍増し、全世界に伝染する潜在力は軽視できない。台湾は人口稠密地帯であり、禽類生育の密度も高く、 病毒流行の威脅も最も大きい、歴年来鳥インフルエンザの勢いは強く、台湾政府と民間は警戒を高め、防疫を強化し、 有效的に鳥インフルエンザを防いでいる。同奮は更に正気の培養を強め、病毒を身から離さなければならない。

更に人間界に提示する、 台湾の水の状況は危機的であり、 台湾北部の数都市では第一階段の給水制限を始め、水不足に備えている。水資源の不足は、春劫行運の「地・水・火・風」の行劫方式の一であり、台湾は地形の原因から、ダムの容量は小さく、平均して三ヶ月間予定通り為が降らないと、水不足が起こる。いかにして水資源を有効に管理するかは、宗教徒が「エネルギー節約二酸化炭素減少」の生活実踐を遂行するほか、政治家にも長期的な計画と、水資源不足の重要な民生問題に早期に対処することが必要である。


三期主宰:聖訓 

一0 六年 二 月二十八日

丁酉年 二 月 三 日 巳の刻

 

北朝鮮の指導者金正恩の実兄である金正男が、 マレーシアで暗殺されたことは、権力闘争の冷酷と凶暴さを示している。表面的には、北朝鮮金氏家族権力闘争の悪行であるが、実際は国際情勢に関わっている。マレーシアは駐平壤大使を召喚し、続いて北朝鮮駐マレーシア大使を国外退去処分にした、中国は北朝鮮からの石炭・銅・ニッケル・銀・亜鉛の鉱産物の輸入を禁止する宣言を行い、北朝鮮の輸出経済に打撃を与えている。また中国は長年開かれていない「六ヵ国協議」の再開を希望している。これは中国が過去の北朝鮮のやり方を許容する方法を改め、経済制裁手段によって北朝鮮を会談の席上に戻らせることを意味している。

これらは全てアメリカが北朝鮮問題を解決する機会とその進展、中国とアメリカの協力を促し、朝鮮半島の核問題を解決し、東北アジアの安定と和平を確保させる。北朝鮮はすでに外交官を中国大陸に派遣している、その後の発展は国際的な関心事であるだけでなく、無形もまた関心を示し運化しているところである。


太虚子:聖訓

一0 六年 二 月二十八日

丁酉年 二 月 三 日 巳の刻

 

アメリカは日本の尖閣諸島に対する行政管轄権を承認し、また「日米安全保障条約」により日本防衛を助けることとした、これらは全て中国に対するものである。中国海軍が一つ目の島嶼を得て、実力を現すことにおいて、今は昔の比ではなく、アメリカにトゲが突き刺さっただけでなく、日本には更に耐えられないことであり、中国は軍事大国の仲間入りを企図している。将来の尖閣諸島を含む東シナ海の主権の争いは、 中・日・台三方の共同問題であり、いかにして衝突を平和・協力・開発・相互利益に転換させ、各方の利益に合わせることができるかは、天意の趣く所である。

同時に南シナ海の問題は、中国大陸が談判による協商・相違の解決・危機管理・合作推進などの方法により、アセアン諸国によって今年七月に協議される「南シナ海行動準則草案」、が順調に可決されれば、南シナ海の情勢は単純化し、平和的な安定に向かうであろう。

東シナ海から南シナ海にかけ、無形はいずれも機に応じ勢に乗じて、運化を施すであろう。


首席督統鐳力前鋒 :聖訓 

一 0 六 年 二 月二十七日

丁酉 年 二 月 二 日 巳の刻

 

光理首席使者は同奮に奉読皇誥奉読と救劫を勧めているが、同奮が数だけを追求するのではなく、奉読の品質にも注意するよう願っている、これによって収経率を向上させれば、個人の煉心から静坐のわざまで向上させることができ、また無形運化の救劫力量をも充実させることができて、これは同奮が深く考え注意して進むに価することである。

天人共議の「天人礼儀」はすでに規範の皇誥奉読方式を明かにしているが、駐院開導師・道務司職同奮の同奮が、長期的に光殿で規範に合わない奉読の動作を監督修正し、皆が動作を揃え、一心不乱の「身・心・霊」合一の状態に達するよう、毎日毎日努力を重ねることが必要である。

宇宙監経大天尊は、適切な時期を選んで収経率を公布することを承認している、 天人が力を合わせ、共に奮闘し共に創造するように。

 


極初大帝: 聖訓

一0 六年 二 月二十七日

丁酉年 二 月 二 日 巳の刻

 

弘教救劫は財がなくては行うことはできないが、天帝教が一貫して営利事業によって教財を求めず、建教の時から信徒同奮に奉献を求め、また「

清白教風」・「勤倹建教」によって公の信頼を集めていることは、同奮が喜んで長期に亘り奉献を続けている基礎になっている。

光理首席使者は事業経営の経験から「安悅奉献」の方式を調整する一方、 廿字祈福・奉献委員などは保留して、教財収入を増加させる計画である、私はその成功を楽観している。

 


首席正法文略導師: 聖訓

二〇一七(中華民国一0六)年一月十三日
(106)帝極(参)天字第O一三号

二〇一六(一0五)年十二月二十八日

丙申年十一月三十日 巳の刻

第15回天帝教天人実学研究討論会はすでに円満に閉幕し、担当した天人文 化院は各地の教院・機関と共同して年度の研究討論の盛会を完成させた、その 功は無駄にはならない。 一、天人実学研究討論会は、1998(民国87)年の開幕より今に至るまで、 19年を経ている。もし「古今の変化に通じ、一家の言を成す」という高い標 準から論じると、なお絶えることなく勇猛に精進しなければならない。宇宙の 真理が極め尽くすことのできないことを知らなければならず、天人実学の実知 ・実持はなお各院の研究員により深く探求されるべきで、真に研究のために研 究し、努力を続けなければならない。 二、本研究討論会が維生先生の証道後も予定通り開催でき、新しい同奮と学 者が初めて参加して、論文を発表し、講演をし、経験の深い研究者と交流でき たことは、維生先生が苦心してまいた学術の種が、すでに成果を上げ始めてい ることを示している。このほか、青年研究者が積極的に発言し、後継者として の気勢を現していることは、本教の将来の発展の頼りとなるものである。 三、天人実学研究討論会は、当然ながら本教の時代使命と合一しなければな らない。研究総院は将来検討企画して、はっきりと主題を定める方法により論 文を募り、同奮が知識を深め理解し、視野を開拓して、修行の熱準を高めるよ うにすべきである。 四、本教の学術研究討論会は広く同奮を対象としており、神職・教職が道を 行う糧を提供するものであり、意義は深遠である。担当機関は広く宣伝指導し て、同奮の参加を激励することが大切である。

先天一炁機禅子:聖訓

二〇一七(中華民国一0六)年一月十二日
(106)帝極(参)天字第00四号

二〇一七(一0六)年一月十一日

丙申年十二月十四日 午の刻

巡天節を前にして、各地の教院・教堂・道場および親和所は、いずれも灑浄を 終え、内外の環境を完全に一新させなければならない。これだけでなく、更に 重要なことは同奮の身心言行が、平時から「心を清め真如に合わせる」の道風 を保ち、救劫使者の「上等の徳は谷の如く、謙虚で相譲る」修養に合致するこ とこそ天帝教の真の修行である。 本教は同奮に「天心の徳を体験し理解せよ」と導いて来た。「天心の徳」と はどこから発せられるものであろうか。いわゆる「風雲は変幻して先覚者は誰 であろうか」、ただ心に仁徳を持つ者だけが先覚者なのである。目下の世界情 勢を俯瞰すると、すでに「人運」の変化が「国運」と「世運」を連動させてい る現象を見る。特に丙申年既定の行劫方案では多くの生霊がしばしば劫難に遭 っているので、聖宮は憐れみを垂れている、そして教主 天帝が巡天を行われ、 翌年の行劫方案を決定されることは、生してやまない大徳をお持ちであること に他ならず、人心が時機にかない覚醒し、自らを救い人を救うよう願われてい る。 同奮は救劫使者として、一般の凡人とは比べものにならない。教主 上帝は 救劫の権を各位の手中に与えておられる。従って同奮は巡天節の意義を深く理 解しなければならず、これが誠に丁酉年の衆生の禍福存亡にかかわっており、 更に台湾の前途にも大きく関係している。我が全教の同奮が、揃って奮闘心を 発し、共に奮闘の道を行なって、無比の精神正気により、台湾を保つ護国の基 礎を堅固にし、丁酉年救劫弘教の新運をひらくよう願う。

無始古仏: 聖訓

二〇一六(中華民国一0五)年十二月三十一日
(105)帝極(参)天字第二七六号

二〇一六(一0五)年十二月二十九日

丙申年十二月一日 午の刻

丙申年の巡天節行程はすでに人間界に公布され、教主 上帝が本太陽系 を年度巡行されて、無形・有形の應元劫務を監査され、勧善懲悪と天盤回 転の道功に応じ、丁酉年の行劫方案を決定される。天帝教の同奮弟子は、 皆巡天節の意義を深く知り、天命と奉献忠誠を深く行ったかを自省し、発 願した救劫の初心をかなえ、天心にこたえて、帰道証位しなければならな い。同時に提示する: 一、丙申年の巡天節行程及び各報告会議は、すなわち本地球の丁酉年の 天運・気運・人運の生化興衰と諸春劫総清の弛緩開閉に応じ、予め手配を 行い、あるいは勧善教化し、あるいは懲悪警戒し、あるいは草木を枯らす 応劫により、各種の軽・重・緩・急の方案を執行する。特に人間界の同奮 に提示することは、天律は厳格であり、決して自分から犯してはならず、 ただ身を正し、功課を勤めて行い、善く正気を養い、進んで天に代わり宣 化を行って、先頭に立ち衆霊の覚醒を行い、揃って正道に帰せば、魔氛の 劫は消え去り、奮って康同の境に登れるということである。 二、丙申年の巡天節において教主 上帝は各洲域・都市・各掌院・道場 上空において報告会議を開く、これは道意と天機を豊かにするので、同奮 は世俗の名に囚われることなく、ただ「天地は至公無私で、万物を化育す る」ことを観れば、霊覚を啓発し、宇宙大主宰の生生の大徳を感じ悟る。 三、全教同奮は必ず巡天節の心と肉体精神浄化の規定を遵守して、敬虔 で恭しい身心を持ち、反省・祈祷・静坐して、積極的に接駕と送駕の隊列 に参加せよ。そうすれば 教主は大いに親和光を放ち、いくら遠くとも届 かぬ所なく、道歴の深さいかんにかかわらず、至誠により感応を得る。 四、天道酬勤は、巡天節より発願立志を始め、丁酉年の奮闘目標を立て て、毎日毎日累積してこそ、真の功を見て、天命は永く誉れを保つ。

首席督統鐳力前鋒:聖訓

二〇一六(中華民国一0五)年十二月三十日
(105)帝極(参)天字第二七三号

二〇一六(一0五)年十二月二十八日

丙申年十一月三十日 午の刻

全教二〇一六(一0五)年十一月の弘教資料統計を分析し、指示する: 一、私は再三同奮に:「この台湾という中華文化の根を守れ」と告げて 来た、一方で台湾は天心の愛するところであって、上帝と諸天上聖の保護 を得てはいるが、それでも全教同奮が必ず団結し心をそろえて 上帝に哀 求し、天地正気を発揮してこそ、天心を感じさせて、台湾の前途には保障 が得られる。 特に目下の世界情勢は予測し難く、人心と同じであるので、無形の運化 を阻止する力が倍増している。全教の同奮が世界情勢の変化を認識し、更 に道心を堅め、強力に心願と行動を発揮して、二大時代使命のため力を尽 くして赴くよう願う。 二、本教は一貫して教育訓練に重きを置いて来た、復興してまだ十年で、 宗教界を刮目させ、バチカンが枢機主教を親和訪問に派遣した程であった、 これは同奮が共に努力した成果である。その後一代一代伝承されるにあた っては、教育訓練の中心主旨から離れてはならず、いつも同奮が救劫の天 命・時代使命・犧牲奉献・修持の法門を勤めて行うよう教育しなければな らない、これが本教の春劫行運において屹立して動かない磐石であり、百 代に続き隆盛を保つ鍵である。

首席督統鐳力前鋒:聖訓

                                            〇一六(中華民国一0五)年十二月二十日

(105)帝極(参)天字第二六七号

 二〇一六(一0五)年十二月二十五日

申年十一月二十七日 午の刻

一0五年十一月昊天心法研修小組の修持カードを監査し、指示する: 孔子は「逝く者はかくの如きか、昼夜をおかず。」と言った。日月が運 行し、一年が交替して、古きを送り新しきを迎えようとしている、各位は 昊天心法を研修し、時間がすなわち生命であるという道理を知っている、 自ら心に手を当てて聞いてみよ、この一年、肩にどれだけの天命を承担し ただろうか。心からどれだけの執着を解き放っただろうか。 呂祖は:「千言万語も、ただ発明煉心の二字に過ぎず。」と言った。昊 天心法の研修もまた「煉心」を離れず、それにより静坐のわざは自然と半 分成功したことになる。俗世の塵に染まることは修道者の試練の場であり、 特に「財・色」の二字は多くの人の道を外れさせ志を失わさせて、終わる 所を知らない。 私自身の経験からは、煉心を強め、廿字真言を奉じて行い入手、朝晚反 省懺悔すれば、段々と「欲を見ても心が動かない」定力が養成され、最後 には必ず天人合一の傑出した人才となる。皆が実煉を真修し、私の心から の願いに背かないよう願う。

極初大帝: 聖訓

二〇一六(一0五)年十一月十二日
丙申年十月十三日 酉の刻

天帝教教主 上帝御命を奉じ、天帝教駐人間第四任首席使者天命人選を
頒布する。
ここに天帝教駐人間第三任首席使者童光照は、「天帝教推選首席使者辦
法」によって、任務を円満に達成した。
また帝教総殿の「専案会議」の協和運化により、金闕に報呈された。
聖示する:
「ここに陳光理枢機使者が天帝教駐人間第四任首席使者の任にあたる
よう命ずる」。
激励し勧める。天命は畏れるべし違うべからず。天命を体し行い、専ら
謹んで専ら乾であり、「道統・法統・炁統」を伝承して、善く組織制度を
引継ぎ、同時に復古迎新を行って、時代潮流の多元多変に順応するよう
に;徳と誠を以て、親と和を以て、全教の同奮の勤奮勤參を指導し、天帝
教二大時代使命の完成に力を尽くし、三期毀滅浩劫を化延し、天下の蒼生
を拯救し、台湾海峡両岸の平和統一を促進して、再び中華統一の盛世を創
造するように。励むように。
謹んで宣達し、三界十方に一体となって周知させ、天人同じく祝慶せよ。
 

首席督統鐳力前鋒: 聖訓

 一0 五年 十 月二十六日
丙 申年 九 月二十六日 午の刻

一0五年九月分昊天心法研修小組修持カードを監査し、指示する:
天人合一はいにしえより修道者の追求する目標であり、今日同奮が昊天
心法を研修するのも同じである。しかし皆は分かっていなければならない、
 
昊天心法急頓法門は教主 上帝の慈悲により、人間界の仙仏に、急いで壮
大な救劫力量を成就するため、人間界に下されたものであり、これは三期
末劫にだけもたらされる法門である。同奮は心に感恩を抱かなければなら
ず、更に天下の蒼生を救うことを引き受け、気魄を持たなければならない、
積極的に救劫弘教の隊列に参加し、無形中において個人の累世の業障が化
解されてこそ、静坐のわざは知らず知らずの間に向上する。
同奮が静坐のわざにおいて、心がある所に留まったり、自分を正しいと
する境界に執着したり、酒色財気に落ち込んだり、起伏を苦しんでいるこ
とが見て取れる。警戒を高めるよう願う、静坐の中で聞いたり見たりした
ことはすべて幻であり、特に俗世間での生活において、更に試練に打ち勝
たなければならない、心を集中して修煉し、常の心があれば、最後には必
ず《宇宙応元妙法至宝》の各種境界を実証して、天人合一の目標に到達す
る。

首席督統鐳力前鋒: 聖訓

二〇一六(中華民国一0五)年十月十八日

(105)帝極(參)天字第二二四号

二〇一六(一0五)年十月十六日

丙 申 年 九 月 十六日 午の刻


丙申年下元龍華総結法会は鐳力阿道場においてすでに結儀した、全教同奮が国家の大事に関心を持つよう願う、特に台湾海峡両岸の関係は硬直状態にあり、民生経済に大きく影響して、民心は浮き足だって不安な状況にあり、それは日に日に顕著となっている。ちょうど本教第四任首席使者推選大典の日になろうとしており、更に同奮たちの救劫正気の応援が必要である、皆が救劫使者の本分を尽くし、祈祷誦誥に勤め、堅固な正気の力量により、人々を護佑し、護教衛道するよう願う、心を用いた分、力量となり、天は全てを見ている。  下元龍華総結の日より、百日後は巡天節である、全教の同奮が再度機会を掌握し、深く丙申年の奮闘実績を反省するよう示す、また進退の間において、驕ること諦めることなく、ただただ「信、願、行」三要の貫徹、三奮の力行、五門の勤修五門を願い、一日一日、一年一年、志を堅く変えないように。そうすれば「超凡・入聖・登真」に何の困難があろうか。

  


太霊殿主: 聖訓

二〇一六(中華民国一0五年) 十 月 四 日

(105)帝極(参)天字第二一一号

二〇一六(一0五)年 十 月 二 日

丙 申年 九 月 二 日 午 の 刻


 丙申年九皇勝会•下元龍華が啓建され、私は命を受けて下元龍華の主宰となり、特に来たりて同奮が本師の「身を以て道に許す」・「教えを以って家とする」・「宇宙を以て家とする」足跡に追随し、本師の「自分のために思い巡らさず、個人の福報を求めない」犠牲奉献の精神にならい、自己反省を強め、積極的な奮闘の行動に転化

させて、両誥奉読に勤しみ、正気を発揮して、天下の蒼黎を拯救するよう激励する。

提示する:

 一、下元龍華は上元・中元に続く一貫の救劫の気勢であり、無形の運化を経て、道の基礎が固められ、正気が常に存在するようにされて、法輪は常に回転する、これは天帝教同奮が救劫権柄を発揮する栄誉の時であり、凡そ我らが使者は、「私の他に誰があろうか」の度量により、奮って先端となるべきである。

  二、九皇勝会の期間、応元の上聖高真と司職の神媒は雲集して丙申年行劫方案の執行と決定を協議すると共に、天帝教救劫使者の丙申年上元・中元・下元龍華におけ

る奮闘実績を監査し、行劫方案の「寬・免・減・降」等を評定するので、これは重要事である。

 いわゆる「劫は人により造られ、劫は人により化される」であり、同奮の身は天命の重任を負っている、必ずや下元龍華九皇勝会の時機を掌握して、奮闘を強め、春劫総清の厳しい試練に応えるように。


維生天赦広化真人:聖

二〇一五(中華民国一〇五)年三月三十一日

帝極天字第0七三号

二〇一五(一〇五)年 三 月二十九日

  丙 申年 二 月二十一日 午の刻


維生の飾終大典と両岸和平祈祷法会は、人間界同奮・各界団体・友人が天極行宮に赴いて参加した、喜びのなか、特に心から感謝の情を表す。

「聖人は情を忘れ、最下級の者は情を現さず、我々一般人は情の中にある」と言われる、維生は苦難を多く受けた中国の知識分子の一人でしかないが、心の中は国家民族に対する熱情、友人仲間に対する友情、家族子女に対する親情、同奮たちに対する道情であふれている。もし修道が情を離れ欲を離れ、情が少なく情がないことを修めるだけであるというなら、維生は同意できない。本師世尊は:「天下蒼生を愛さなければならない、それでこそ天下蒼生を拯救できる」とおっしゃっている、このお言葉は前に言った「情」の字とは何であるかということであり、同奮たちは仔細に体得しなければならない。

生死は一大事であり、修道はすなわち生死の大事を解決する。管子の「枢言」には:「道の天にあるものは日であり、人にあるものは心である、従って:気があれば生、気がなければ死、生はその気による。」と言う。誠に、維生は自己の生命により管子の教えを実証した、同奮が得難い人の身を更に大切にし、本師世尊の教えられた五門の功課をきちんと行い、正気をよく養って、長寿となるよう願う、それでこそ生のある年において意義・価値・任務のある事をなし、この人生の旅を更に充実させられる。

維生の一生は決して名や位に構わず、何度も政治に従事する機会を拒絶した、英才教育に従事することを、平生の最も楽しい仕事としていたからである。天帝教道統第二任首席使者の任を受けた期間は、聖師祖お二人を受け、維生の道心は堅く正しかったが、なお七情六欲を持ち、凡心は死んでいなかった、ただ一介の平凡な衆生であって、貴い天爵を受けることはできず、また自ら身外身の封霊を修めることは不可能であったと考える。維生は天の命にお答えする時、何度も申し上げ、天爵を封じられることを固辞したが、道統には規律があり、聖命はお断りし難く、維生はただ自ら請いて位を下げていただき、「真人」の爵位をお受けした。今この事をはっきり申し上げ、同奮の疑いを解きたいと思う。

同時に総統府からは褒揚令、中国国民党からは獎章が授与され、維生は感謝している。ただ同奮は私の意図を理解して、功徳名相の執着を打ち破るように、みなは命を拝して凡界に下り天命のため奮闘し、役目を果たして、忠誠を守り、始終打ち勝てば、必ず生命の本源に還ることができる、これが何の功徳であろうか、また何の功徳が必要であろうか。

最後に海葬と飾終に参加した同奮たち、また飾終委員会の関係者、家族親戚に対し苦労をねぎらいたい。今後天上と人間界の親和交流において、共に奮闘し、また会う約束をしよう。みなを激励する。


首席督統鐳力前鋒:聖訓

二〇一五(中華民国一〇五)年 三 月廿八日

帝極参)天字第0六九号

二〇一五(一〇五)年 三 月廿五日

  丙 申年 二 月十七日 酉の刻


全教の一0五年度二月分弘教資料統計表等を監査し、指示する:

一、同奮はみな救劫使者であり、個人の福報で満足してはならず、天下蒼生の禍福を己が任とし、更に奮起して、実際の行いをとらなければならない、最も基本の行動はすなわち皇誥宝誥の奉読であり、救劫正気を結合し、凶鋒を化解して、天下蒼生を拯救する目的を達する。

二、丙申年開春以来、天災人禍は目をみはらせ心を驚かせ、多くの衆生は苦難を受けている、同奮は国家と国際的な大事に関心を持たなければならず、「人の飢えは己が飢え、人の溺れは己が溺れ」の精神を以て宗教徒の大愛を発揮し、祈祷の力量に、無形の運化を呼応させ、傷ついた者は助けられ、亡き者は渡化を得るのが、即ち修行の道である。

三、午の刻の祈祷は、教壇の重要な精神活動であり、開導師・専任の同奮は積極的に参加しなければならず、避けてはならない。天人相親しむことがあってこそ、炁気が相融し、人の和が天の和を感召でき、教政遂行と救劫弘教の仕事は、労力が半分で結果は倍となる。

四、私はかねてから親和集会を重視している、同奮が一堂に会し、共に新しい知識を学習して、奮闘の成果を分かち合い、道心と向心力をつなげて、共同の奮闘と共同の修持により目的を達成するよう願う。無形殿主・副殿主はいずれも参与して、同奮の護持と啓発を行うであろう。

 


首席督統鐳力前鋒:聖訓 

中華民国一〇五)年 三 月二十二日

帝極()天字第0六七号

二〇一五(一〇五)年 三 月二十一日

丙 申年 二 月十三日 午の刻 時


一0五年二月分昊天心法研修グループの修持カードを監査し、指示する:

同奮は昊天心法を研修して少なくとも三年または五年、長い者は十年以上の静坐の経験があり、私の残した『静坐要義』・『宇宙応元妙法至宝』に対しみな一定程度の理解があると信じる。みなが常に勇猛な心を持ち、精進奮闘して、理入(理論から入る)と行入(行動から入る)を同時に行い、決して小さな獲得により傲慢にならないよう願う。知らなければならないことは、静坐修道は永遠に止まるところがないことである。

昔から修道者は人生の力を究め、山を越え川を渡り、あちらこちらに立派な先生を訪ね、多くの苦労を経て、天人合一の追求を願った。みなにたずねる、天人はいかにして合一するのか。古の聖人の曰く:大人 (徳の高い人)は、天地とその徳を合わせる」が最も良い説明である。みなは胸に手を当ててたずねなければならない、自分の煉心のわざと徳性修養は、天地の精神と往来できるであろうか。これが私の再三同奮たちに「自分のために思い巡らさず、個人の福報を求めない」よう注意を喚起している重要な理由である。言い換えると、みなが天地無私の精神を体得し、これによって身を以て勤めて行えるかということになる。私のこの苦心を理解する同奮のみが、苦煉勤修を続けられて、成就するのである。はっきりと覚えておくように。

 

(たいじん)

維生天赦広化真人:聖訓

中華民国一0五(二〇一六)年二月二十二日

(105)帝極(参)天字第0四四号

一0五(二〇一六)年二月二十一日

丙申年一月十四日 午の刻

 


維生は謹んで私の事を思ってくれた家族親戚・友人と同奮たちに、最も誠を尽くした感謝を捧げる、また皆に告げる、私は確かに最後の試練を経て、肉体が老いて弱り、病魔に苛まれている下にあったが、内心は生命の究竟に対し最も平静で最も見通している時を過ごしていた、今思い残すことなく自然に回帰し、幸いにも天恩に沐し賞讃する幸いを受けている。

天地の旅は過ぎ、人生は瞬時であった。私の一生を回顧すると、率直・真実・豁達・熱情で、自由を愛し、暴力を憎み、平凡平実で、読書を好み、現代中国知識分子の一人であることを誇りとし、心耕筆耕に励み、英才を育成することを、人生の大きな楽しみと考えていたことを自認する。挫折や困難あるいは小康状態や順調な境遇において、私は謹んで「淡」の字を座右銘として守り、淡泊であり、執着なく、功名を求めず、財産を作らなかった、家族・友人・同奮はみな私を理解していると信じる。今後は精神の世界で、私たちはなおも親和往来ができ、同行者を激励できる。

私の身辺のことはすでに予め準備し言いつけてあるので、再度述べることはしない、ただ私を知る家族・友人・同奮が、悲しまないことを願う、私たちは私が自然に回帰した百日後の親和集会で会う約束をしよう、皆が束縛なく喜んで参加してこそ、私の自由自在な本性と合致する、私は無形で皆と共に楽しむであろう。

最後に同奮たちと約束しよう、天人が共同して奮闘し、中国の真の平和統一を目指し、我々共同の天命を完成させるように。維生謹んで記す。


金闕李特首相:聖訓  

中華民国一0五(二〇一六)年二月二十日

(105)帝極(参)天字第0四三号

一0五(二〇一六)年二月二十日

丙申年一月十三日 午の刻


天帝の御旨を奉じ詔を下す:

金闕応天護駕真人に封じられ凡界に下っていた凡身の李卿維生に、 一品天爵を昇任し封じる。

天帝教道統復興第一代第二任首席使者李卿維生を新たに天爵「維生天赦広化真人」に命じ、特に挙げられ金闕凌霄寶殿極子別院に入り霊を煉し、蔵器を養って、再び霊命を造り、帝教総殿を助け、極初大帝の補佐をする準備をする、天人実学を普化し、天帝真道を高く掲げ、法を広め生命に利し、斉って康同に登り、発奮して宇宙生命の新境界を創造するため精進して奮闘せよ。

激励して曰く:

汝李卿は朕の旨意に基づき 教政を指導し精力と配慮を尽くした

まずこれを慰労す 努力してやまず毀誉を考慮せず 艱苦を嘗め

道脈を伝承し 法を広め生命に利し 一脈なお存す 天人の老兵

功徳円満 復命帰根 宇宙に忠義を尽くし 道の手本は永遠に

謹んで ここに詔を下す

天運丙申年一月十三日午の刻頒布

 


無始古仏:聖訓

華民国一0五(二〇一六)年二月二十日

(105)帝極(参)天字第0四二号

一0五(二〇一六)年二月二十日

丙申年一月十三日 午の刻


天帝教道統復興第一代第二任首席使者証道に際しては、付き添い者たちによって清涼聖境までの引霊がなされ、坤元輔教・本師世尊・維公枢機使者・維剛枢機使者の、人間界の父母兄弟一家の霊が集まり、紅塵転世転生、歴劫帰來を回顧した、親情道情にあふれ、会うことができて喜び、一切の喜怒哀楽離合が、全て雲のように淡く風のように軽くなったことは、言うまでもない。

本師世尊は家人を率い、金闕に赴いて、教主 上帝に謁見され、帝恩浩蕩、恩寵を伏して感謝した、第二任首席使者維生は跪いて述べた:

命を拝し俗世間で九十年間、人道上は、耕楽堂の四耕-「舌耕・筆耕・心耕・力耕」の精神を伝え、自らの力で自ら行い、更に「台湾に立脚し、心は中国を想い、世界を見渡す」ことにより後進を教化しました;天道上は、志を引き継ぎ、天下蒼生のため毀滅を化延するため奮闘し、父が首任首席使者として始めた天人実学の完成を目指して心と力を尽くし、また天赦の教えにより、寬恕を主とし、民に親しみ、万物を愛して真道を布化しました。油が尽きて灯は枯れましたが、怨みも後悔もなく、常に感恩して、教えを広めるため、同奮の困難のため良く職掌を尽くし、本分を求めたのみです、実に功徳無く、また何の功徳が必要でしょうか。恭んで申し上げます

敢えて聖なるお耳に入れますが どうかお察しになられるよう

教主 上帝は聖示された:

李卿の人間界の凡体は、接引し天に帰るには堪えないが、奮闘心と願力の行いの過程は、全て天が見ており、特に詔を天人に下し、永遠に激励するものとする。


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