最新の聖訓

玄玄上帝:聖訓

 一〇七年五月二七日

戊戌年四月一三日午の刻

帝極(参)天字第二三〇号

 

生は尽きるが、知は尽きない。尽きるもので尽きないものに従うのは、難しいことである。哲学史弁は人類の知恵と知識により、造物主の意思を理解するもので、人類文化進化の歴史から見ると、反復循環して、変わることがない。人類はみな「異の中から同を取り、同の中から異を思う」の二大勝善定律を演化の力量としている。一歩前に赴けば、善悪はその中に存している。
「この大天際は、痕跡なく、この生の和は、その通りに運用され、十大天人を含み、この義名は深く、愚かな者は悟ることができないので、詳細をお話しいただきたい。」人天の間の差異は、有形無形の境界線であり、地球上においては知恵生物の霊妙な好奇心が、未知の領域に不断の思索・証明・差異の解決をなし、科学・哲学・宗教から芸術に至るまで、いずれにも心を集中させ、そこに全精神力を集中させ、情と命に達し、本質に近づき、自己の本性と天命に忠実であって、有限の肉体生命を勇敢に突破し、精神生命の領域に入り、宇宙を逍遥するのである。


先天一炁玄和子 聖訓

一〇七年五月二七日

戊戌年四月一三日午の刻

帝極(参)天字第二二九号

 

人類の宇宙に対する探索と、生命起源に対する好奇心は昔からあるものであり、夜は星宿を観察して、各種記録を残し、学識学問の成果の宝庫を作り上げ、前を継承して後世に伝えて、共に文明を創造した。
大局から見ると、天体星球旋和系の形成運行は、有形無形の宇宙が相生相合し、互いに表裏をなしている。宇宙の物質情報を伝達する情報を載せた未知の物資は、人類が演算を探求する原則定則となり、処するところの時空に対し開眼させた。
小さな点から見れば、科学の精密機器や実験室を運用し、これを観るのは粒子の世界であり、二と三の規律は中に顕されている。伝達でもあり構造でもあり、エネルギーでもあり情報でもある。「その都天に配するは小宇宙であり、その経緯に配するは小体である。」自然と人の大小宇宙には、一理が存しており、これは人と天である。人と自然の調和は、和すれば乱れず、異なれば変を生じる。その常に処することなく、人はその内外を修め、形神ともに養われ、自然と天に含まれる。


極初大帝:聖訓

一〇七年五月二七日

戊戌年四月一三日午の刻

帝極(参)天字第二二八号

 

人間界において天人交通方法の回顧と展望の研究討論が行われるのを嬉しく思う。三紀三同時代の第三紀は、自然の法則の運行により、天人交通の機がひとたび開けば、天人間の距離は短くなり、天人大同の時代が来臨する。
心物は一元二用であり、心に囚われず、物に使われず、自然法則には自ずと消長があり、宗教徒は万念を集めて、衆行に応じ、心を天下蒼生につなぎ、全人類共同の福祉を創造する、すなわち「自分のことを思い巡らせず、個人の福報を求めない」ということである。人間界に普く通じる価値は争奪と殺伐であるのか。それとも共存共栄であるのか。宇宙に向かって進軍するのか。これらはひとえに人心にかかっている。
天帝教は時代的な宗教であり、宗教と哲学と科学を融合させている。また天人交通方法研究開発の基礎を築いている。




極初大帝:聖訓 

一〇七年五月二七日

戊戌年四月一三日午の刻

帝極(参)天字第二二七号

 

「本師」の意義を語ると、天帝教において言えば、本師は本源を探した過程であり、道統衍流がその第一であって、私が鐳炁真身大法の聖師二人の調教を受けたことから、清静な糧による私の霊系の顛末由来に至るまで、全て手本とすべき修練の過程である。
この「本師」の意義により、同奮は本教三統伝承と帝・道・師に帰依する天人三宝の意義の実質的内容を考えるべきである。

 


一炁宗主:聖訓

二O一八(中華民国一O七)年五月十三日
(107)帝極(参)天字第二一二号

二O一八(一O七)年五月十二日
戊 戌年三月廿七日 酉の刻

開催された法華上乗正宗静坐班においては、静坐班学習者のために「超薦
法会」が執り行われたその基本的な考え方は:

一、一般には:生命体はもともと借りの催促を伴っており,もし低い熱準・低い能力の段階から上に向かって修持を行い、中程度の熱準・中程度の能力の段階に至れば、元々低い熱準・低い能力の段階にあった因果の業力は借りの催促ができなくなる。その道心が退き、熱準が減少し、能力の段階が低下するのを待ち、ようやく気を伺って催促をする。正宗静坐班に参加した
時に「超薦法会」を執り行うのは、すなわち学習者個人の業の力に即時の慰めと浄化を与え、徳を進める修業と心の奥深くの修煉を助けるためである。

二、因果業力の完済は、必ず自身の精進修持を通してでなければならず、皇誥宝誥を奉読し、天下の蒼生のために祈祷し、日常生活の修心・修德・修
身・修道に呼応してこそ、「超」と「薦」の功があり、お互いのしがらみを化減でき、霊能と霊階を提昇させることができる。

三、天帝の立教は生まれて休むことがないことを教旨としており、同奮が功徳を立てることに導き、培功立德、運命を突破して、業の力の束縛を断ち
切り、自ら命を創造させる。法華上乗正宗静坐班に参加した時から開始して、 自ら立ち自らを強め、自ら奮闘して、後天を突破して先天に戻る。

四、静坐班参加は修道の機であり、油断するとすぐに失われてしまう。今の好機を失わないよう大切にして、立ち上がって奮行すること。

首席正法文略導師:聖訓

二O一八(中華民国一O七)年四月二十日
(107)帝極(参)天字第一六七号

二O一八(一O七)年四月十八日
戊 戌年 三月 三日 午の刻

風雲変幻が先覚できるのは誰だろう。上元龍華期間の中心日である天運戊戌年三月三日に、同奮は如何に先覚するか。未来のことを洞察し、世局の変
化を明白し、奮闘を通して心気、身気、霊気を安定させ、身・心・霊を安定させることにより、自修、同修、共修を実践するのである。

この時期において、「天命・信心・奮闘」はますます緊迫性と重要性を生じる。世運、道運、気運が次から次へ起こり、その勢いに応じ心を起こすの
で、三要である「信・願・行」を以って下までを貫ぎ、力行すること。本教の宣教は地域と人種を問わない。寰宇は天帝に帰し、天帝の教化の及ばない所はない。

アメリカ・日本・カナダに奮闘の同奮の足跡と成績が存在している。これは天帝教が世界に普及する拠点である。上元龍華会の期間において、同奮に
共に参与するように、大いに激励する。誦誥・誦経は道心を凝集し、道気を団結する直接行動であり、普段、五門功課を力行し、教則を奉行し、上元龍
華会の誦誥・誦経を通して、心・気・徳を一つにし、上は天心に呼応し、下は人心を貫くことは、集団奮闘であり、天命意識の凝結であり、道心を団結
する最適な表現である。天人が相応じることにより、道運を啓し、世運を転じ、天運を定めるのである。

玄玄上帝:聖訓

二O一八(中華民国一O七)年四月二十日
(107)帝極(参)天字第一七六号

二O一八(一O七)年四月二十日
戊 戌年 三月 五日 午の刻

人間の顔表情は大体その人の内心状態と情緒反応を代表している。文化、種族、言語、文字を跨って、人間の基本情緒は六つあり、憤怒、悲傷、恐
怖、気持ち悪さはマイナスの情緒に属し、プラスの情緒は嬉しさ、楽しさであり、驚異は中性に属するものである。マイナスの情緒は人の体に存在し、
持たれた働きと意義は警告作用である。物質文明の高度発展により、人間にとって精神面の疾病が最も厄介であり、本来の調節機能が失われ、早期警戒
の能力が失われ、自然に正常状態も失われている。

情緒に直面した時、プラスの広々とした心で応じ、平常心で平然として受け入れること。自分を赦免するこそ、人を赦免するになり、それでこそ天赦
を得ることができる。適切な表現方法を学び、情緒のために適切な出口を見つけること。「致中和」(※中庸に達すること)。「喜怒哀楽のまだ発していな
いのを、中と言い、発して皆中庸であるのを和と言う。」、「中庸に達すれば、天地は正しく位置して、万物が育つ」。同奮にとって、この道理は日常
修持の五門功課のことである。特に反省懺悔は、情緒を調和する良薬である。この道理を 天帝宇宙大道の会得までを広げてみると、救劫・行劫は一
体両面のことで、個人から大宇宙まで、この道理に従わぬ行いはないだろう。深く考え、実行せよ。

首席督統鐳力前鋒:聖訓

二O一八(中華民国一O七)年三月廿五日
(107)帝極(参)天字第一二八号

二O一八(一O七)年三月廿四日
戊 戌年 二月 八日 午の刻

二〇一八年二月度の各教院、教堂、道場の弘教資料統計を審査し、指示する。

一、時代は変わっている、潮流も変わっているが、同奮の道心は変わらなければ、当面の瞬息多変の国際情勢、両岸関係、及び善悪不安定の人心波動に呼応することはできない。弘化に努める同奮は、帝教の書籍、典籍及び現代の新知を含む個人の後天の知識を充実させながら、弘教の理論を豊富すると同時に、五門の功課を勤勉に修行し、先天の知恵を開発して、己を正し、人を化して、「正己化人」の実績を体験していく。一分の耕耘で、一分の収穫である。

二、弘教は原人を引度し、教院のために新しい活力を注ぐことである。神職開導師及び教長、執事などの教職は力を合わせ計画を立て、団結して奮闘して赴いていく。毎月の親和集会を重視し、同奮と繋がって、向心力を親和し、道心を増強する。多元化の課題を取り入れ、同奮の教義、経典、時代使命の知識を豊富にする。又は、修行に対する感想の交流、子供の教育、飲食保健など、同奮が積極的に参加すれば、天人は常に対話を行う。

三、安悦奉献(※毎月、定期に奉献すること)は、日常の運行を維持する道糧で、同奮の自己能力内の奉献があってこそ、安定の道場を皆様に提供することができる。同奮は皆、発心し、安悦奉献をしながら、勤倹に天帝教を建設し、救劫弘教の使命に役に立てば、長く遠くなることができるだろう。

首席督統鐳力前鋒:聖訓

    二O一八(中華民国一O七)年三月九日
(107)帝極(参)天字第一〇〇号

二O一八(一O七)年三月五日
戊 戌年一月十八日 午の刻

二〇一八年一月度の各教院、教堂、道場の弘教資料統計を審査し、指示する:

 

一、天帝教の中心思想である「親親仁民」は、行動でまず自己の父母、兄弟、姉妹、身内を愛し、その後、一歩一歩ずつ広げて、社会民衆、血縁関係のない同胞を愛し、「天下蒼生を愛することによって、天下蒼生が救われるのになる」の意義と内   含を深く会得するのである。

二、救劫弘教において、宗教者の誠心、愛心を発揮し、天帝真道を高揚し、原人を広く済度する目的を達するのである。同奮は身を以って力行し、公開の弘教布教の活動に積極的に参与すること。日常の個人の言行挙止は、全て、
注目されていることで、常にこの観点を以って行動せよ。

太虛子:聖訓

二O一八(中華民国一O七)年三月九日
(107)帝極(参)天字第一〇五号

二O一八(一O七)年三月八日
戊 戌年一月廿一日酉の刻

天運、道運、気運、人運は互いに関わり合い、世界の情勢、人類の運命は極大な転折に直面しているのである。ある暗晦の気は満を持している状態である。気候の極端変化は万物の目覚める啓蟄に潜んでいる。

洲と洲の間、国と国の間、人と人の間に二極化の形成を引き起こす。一つは境界がはっきりしていて、一つは相互に交錯している。春劫に駆動された状態で、当面なお混沌の現象である。

天帝教は自然環境から引き起こる危機に直面している。高度な覚醒及び危機意識が持たなければならない。台湾の前途も更なる厳しい試練に向き合わされる。台湾内部にある二極化も一層深刻になり、多元社会が来る同時に台
湾の社会問題も尽きのない程、次々と現れ、政経、教育、民生などの異なる類型の問題が隠隠として発動を待っている状態である。台湾の人心は頼るものがなく、真偽を識別できず、見極めるのもできない状態にあるため、

如何に足元でしっかり立つか、如何に出発するか、宗教は空虚な心霊、無力の心理を慰めるのである。計画を適切に立て、戊戌は劫に遭われる年であり、運が転化される年でもあるから、極める窮地に所在しても生機が現われる、

枯れた樹木も春に巡り会える。よく大切に把握すれば、新たな景象が生れてくるであろう。

李特首相: 聖訓

二O一八(中華民国一O七)年二月廿四日

(107)帝極(参)天字第八二号

                                                            二O一八(一O七)年二月廿四日

                                                                    戊 戌年一月九日午の刻

 

 

天玉神殿副殿主の天命令を頒布する:

玉成殿副殿主及び玉神殿副殿主は共に第廿五天阿佐天天王であり、玉成殿副殿主に留任される。第廿七天玄明天天王を玉神殿副殿主に派遣する。

 本令は天運戊戌年一月十五日より発効となり、三界十方に公表し、一同に遵行すること。

 天運戊戌年一月九日午の刻頒布


紫微大帝:聖訓

  二O一八(中華民国一O七)年二月廿三日

(107)帝極(参)天字第七三号

                                                                    二O一八(一O七)年二一日

                                                                  戊 戌年一月六日午の刻

天運戊戌年の教財迎啓及び功徳円満加持法会の各表文、祈願文はすでに上達され、福徳道宮において一冊に登録され、鐳力阿道場で各委員、奉献同奮、極院、始院各部署並び各教院、教堂、親和所の代表同奮へ加持された。その後、各地の教院、教堂、道場において教財迎啓儀式が挙行され、福徳道宮にはそれぞれ使いが送られ、金光・祥光・福光・平安光・智慧光・財(はく)光が加持されることによって、同奮の一年以来の奮闘の道心を堅持することを激励し、新しい一年において天命、信心、奮闘の精神を継続に貫徹し、戊戌年の救劫、弘教、渡人の行動を広く開かせるのである。

 天帝教は救劫の宗教であり、宇宙大主宰は(そう)(ぼう)を憐れみ、極初大帝の苦心祈請に応じ、天帝教を人間界に復興させた。全教同奮が心を合わせて奮闘し、救劫救世の道場を台湾各地へ普及させたと同時に、遠くの日本、アメリカ、カナダなどの国へも伝わったことは、同奮の心を出し、力を出し、金銭を出す奉献よるものであった。無形において、 天帝の真道には地球で再び光が照らされ、基礎を深く根を植えるため、諸天の神仏聖真が喜んで運化と庇護を行うのである。

 修道人が三千の功と八百の果を培さなければ、道を得て天に飛び上がることはできない。天帝教の同奮が修練するのは昊天心法急頓法門であり、更に功を培し、徳を立てることを重視しなければならない。このことができれば、宿業を消し除き、安らかに坐り修錬をすることができるようになる。機会を把握し、教財奉献に参与するのも功を培し徳を立てる重要な功課である。人生は極めて短く、有形の財貨は到底持ち去ることはできない。無形の道功(道の技)と功徳は実は天界に戻り、帰巣復命の頼るところなのである。深く考えよ!

 


首席正法文略導師:聖訓

二〇一八(一〇七)年

酉年十二月廿五日 申の刻 

 

上帝様の玉和殿で開催された「七政報告会議」におけるお示し: 

 

一、各天体の運行規律を調整し、相互間の引力強度を安定させ、和諧の律動を確保すること。

二、各天体の生気を強化し、生々不滅の活力を現させ、人間界の真の修行を援 助し加持すること。

三、各天体間にお互いに補い合い、助け合うことにより、生命の周期を長く延びさせ、衝突による宇宙の和諧秩序に影響することを防ぐ。  

玄玄上帝:聖訓

二〇一八(一〇七)年

年十二月廿五日 巳の刻 

 

日本国教区の救劫弘教策略は、「玉和殿」、「玉忠殿」、「玉京殿」の三光殿の合併設立に対応、関連しており、各自の位置でしっかり守れば、教化が施行され、感応も現われるのである。 

「玉和殿」は日本国主院の教壇で、主院の権力及び責任と呼応している。

「玉忠殿」は東京都掌院の教壇で、掌院の任務を応化している。

「玉京殿」は葛飾区初院の教壇で、初院は地域の救劫弘教の任務を担っている。

人間界における天帝教始院の日本国教区公署は組織制度を計画し、大和民族が自分で責任と義務を背負うことを以って、指導の原則にし、日本同奮には自己のことを自己で処理し、負担することにより、日本国教区に自己で動きかけ、宇宙大道を広く宣揚し、道徳を改めて整えさせ、精神を再建するのである。 

計画から着実になり、着実から根づくまで日本同奮は心を一つにし、協力し、物事に当たり、宗教の教化の真理と宗教の組織制度の働きを理解し、人、 事、地、物を自己管理する。特に金銭のこと、収入を計り、支出するのである。

道を開き、道を修めることは修行の真の技である。人間界において、秩序と道理 に従って行えれば、無形からも何かの働き掛けがあるのである。 

日本国の五大神媒は日本国弘教を拡大させる心を持っているが、天人の間に 「親和」ができないことは、応化、感応も縛られてしまうのである。

 

教主 上帝様の巡行の機会に際し、主動的に助命と援助を求める。 

上帝様よりのお示し:

天人合議し、組織層を分別し責任を負い、天帝教教綱の組織制度を適用すること。 

金闕李特首相:聖訓

二〇一八(一〇七)年

年十二月廿五日 子の刻 

 

殿主、副殿主、総護法の天命令を頒布する:

一、極初殿外殿副殿主及び玉忠殿殿主は共に首席正法文略導師であり、玉忠殿 殿主に留任し、忠字主宰威霊妙道天尊を新任の極初殿外殿副殿主に派する。 

二、玉華殿及び玉仲殿の殿主は共に行劫主宰定危子であり、玉華殿殿主に留任 し、金徳王を新任の玉仲殿殿主に派する。

三、玉清殿及び玉澎殿の殿主は共に維法佛王であり、玉清殿殿主に留任し、御 使十方清平皇君大總監を新任の玉澎殿殿主に派する。

四、玉華殿及び玉澎殿の総護法は共に媽祖元君であり、玉澎殿の総護法に留任 し、高天君を新任の玉華殿総護法に派する。 

五、玉真殿及び玉忠殿の総護法は共に達摩祖師であり、玉真殿総護法に留任し、 都原天君を新任の玉忠殿総護法に派する。

六、玉和殿及び玉京殿の殿主は共に天照大神であり、玉和殿殿主に留任し、日蓮上人を新任の玉京殿殿主に派する。

七、玉和殿の新任副殿主は第廿八天太荒天天王である。

八、玉京殿の新任副殿主は第廿四天虛為天天王である。

九、玉和殿總護法及ぶ玉京殿總護法は共に不動明王であり、玉宮殿の殿主でも ある。玉宮殿殿主に留任し、新任の玉和殿總護法は督理天君、新任の玉京殿總護 法は和鳴天君である。 

本令は天運戊戌年一月一日より発効され、三界十方に公表し、一同遵奉する。 天運丁酉年十二月廿五日子の刻にて頒布する。


首席督統鐳力前鋒: 聖訓

二O一八(中華民国一O七)年二月五日

(107)帝極(参)天字第四八号

二O一八(一O七)年二月四日

丁酉年十二月十九日 午の刻

 

丁酉年巡天節行程は既に公布され、全教同奮に注意するように示す:

 

一、教主 上帝様の本太陽系を巡行され、地球を核心にする気運循環を視察され、無形、有形における応元の円満収束、救劫済世に関する道の技を考課され、十大天人の生と(はぐく)みに関心を持たれ、その上、人間界の善悪功罪を考察され、戊戌年の行劫方案を定められるのである。天帝教同奮は巡天節の意義、と世界人類と息息相関連であること、更に同奮とも直接関連していることを理解することによって、救劫の天命意識を固めて、信仰・念願を堅固し、誠心敬虔な道心を以って、斎戒して聖駕をお迎えせよ。


二、丁酉年巡天節の行程及び各報告会議は、本太陽系における戊戌年の天運、気運、人運の運転及び相生相克の変化に応じ、恩施を取り計らいながら、未来の重要な時機を事前に準備し、懲悪勧善、または粛殺応劫など軽重と緩急の方案を取り計らうのである。人間界の同奮は天律を戒め慎みながら、人生守則を力行し、更に正気をよく培養し、天の代わりに教化を宣揚し、万霊を呼び覚まさせ、共に天恩を蒙るように。


三、天帝教の復興は、教主 上帝様の本太陽系の万生万霊に対し、極めて仁慈で徳のある無量の憐情である。天帝教の同奮に救劫、修錬の宇宙的で神通力のある宝物をお与えになり、空前の未来の重要な時機を開かせるのである。全教同奮は共に感恩の心を以って、巡天節期間に大心願を発願し、心意を表明し、願いに従って奮起し行動すれば、道が得られると共に多方からの援助も寄って来るのである。


四、巡天節において、教主 上帝様がそれぞれ報告会議を本地球の各洲域、都会、各掌院、道情の上空において、開催されることに関し、同奮は平常心を保持し、日常の奮闘行動を維持するのである。いわゆる、心には止まるところも注目するところもない。至誠の心のみを以って、常に呼応して常に穏やかであるように。



首席督統鐳力前鋒:聖訓

二O一八(中華民国一O七)年二月三日
(107)帝極(参)天字第〇三九号

二O一八(一O七)年一月三十日
丁酉年十二月十四日 午の刻

2017 年度に申し設けられた「行持天曹宝誥廿字真言額」、「行持天曹宝誥並び基本経典廿字真言額」、「行持基本経典廿字真言額」、及び「家庭天人親和室」の総名簿及び奮闘成果統計を審査し、指示する:

1、廿字真言額及び家庭天人親和室を申し設ける有志同奮は、誠心敬虔に基本経典を奉読する同時に、経典の意味を深く理解しなければならない。奮闘経典に語ってある:「天文を観測しても、地理を調査しても、長い長い過去の歴史をふり返って見ても、その中にはいずれも『奮闘』の過程が隠され
ている。天道から地道と人道の中にかけ、その本源を探ると、大道の根源は、奮闘であることが分かる。」、一歩進めると、実践しなければならなく、そして、人道、天道の奮闘に用いられると、和祥の光が照り臨みながら、吉福の神に加護されるのである。

2、道には発心立願が重要であるほか、躰を以って力行することはもっと肝要である。「道は海のように広くて境がない、筏に成されるのは唯一、勤勉のことである。」。得難い人身及び廿字真言額を家庭まで深く取り入れる便利な法門を把握し、歳暮を送り新年を迎えるに際する今の時期、詳細で真実に一年間の奮闘実績を検討し、真剣に反省し、確かに過ちを改め、自ら来年度の奮闘目標を定める。恒心を持つことは成功の本になる。無形金甲護法に常に親和され、常に庇護されるのである。

首席督統鐳力前鋒:聖訓

二O一八(中華民国一O七)年二月三日
(107)帝極(参)天字第〇三九号

二O一八(一O七)年一月三十日
丁酉年十二月十四日 午の刻

2017 年12 月度各教院、教堂、道場の弘教資料統計及び年度目標分析を審査し、指示する:

1、2017 年度の誦誥数は七億余り声に達しており、無形経典監督単位が審査した収経率は平均六割余りである。弘教渡人、安悦奉献、親和集会、天人炁功発表など奮闘実績を総合し、順序を付けると、中部教区、南部教区、北部教区、東部教区の順である。大陸教区、国際教区は環境が特殊で、順序には入れない。

2、各教院、教堂、道場において各自が定めた年度奮闘目標について、目標を達成した所と達成していない所がある。同奮によく注意するのは、五門の功課を奉行し、自己を超えて気質を変化させた者もいるし、道心が明滅不安定で奮闘不足の者もいるし、どちらにしても、平常心を保持し、小さい得があっても自慢しない、または、一時の失意があっても落ち込まないし、一生で道(タオ)を学び、終生で道を学び、弘教渡人、 天帝の真道を広く伝えることを終生の志業にするのである。全て、深く考えてから深く行うのである。

3、間もなく丁酉年巡天節になり、戊戌年ももうすぐ啓運になる。人道、天道の奮闘目標をよく計画し、自ら奮闘し、自ら創造し、常に善人を加護するのである。

無始古佛:聖訓

二O一八(中華民国一O七)年二月三日
(107)帝極(参)天字第〇三八号

二O一八(一O七)年一月三十日
丁酉年十二月十四日 午の刻

丁酉年の教主 上帝様の巡天について、行程を人間界に頒布し、各道場、教院、教堂、親和所の鎮座神媒、護法が初期の護法作業を発動し、多元的に部署し、四境の清寧和祥を確保する。人間界で注意しなければならないこと:

1、各道場、教院、教堂、親和所においては、確実に洒掃作業を執行し、荘厳行事、内外環境を清めて整理し、古いものを取り除き、新しいものを広め、道心を奮起させ、巡天節の来臨を奉迎するのである。

2、巡天節期間において、教主 上帝様が本旋和系星を巡視されることに際して、同奮は感恩、知足、惜福の敬虔な信仰心を以って、「斎戒沐浴」、「心齋茹素」の規定を奉じて行ない、教主の巡天に仕えるのである。

3、巡天節期間において、教主 上帝様より親和光が広く放射される。同奮の誠心が天に感応することができるなら、自然に敬慕の天性が激発され、犠牲奉献、勇敢奮闘の行動へ転換され、発願し、志を立て、心意と意見を表明し、願いに従って起 して行動すれば、道の道のりは光明になるのである

首席督統鐳力前鋒:聖訓

二O一八(中華民国一O七)年一月廿一日
(107)帝極(参)天字第〇三一号

二O一八(一O七)年一月廿一日
丁酉年十二月五日 午の刻

世界の情勢は「大逆転」の後に、暫く平静となっているが、複雑な国際の時局は「台湾の安全」と「中華民国の生存」に衝撃をもたらしてしまう恐れがある。両岸の関係は大きな変動が起こる可能性があり、保台方案の諸神媒
が慎重に対応している中、人間界でも憂患危機の意識を持たなければならない。「中国大陸」は「中印」、「中米」、「中ソ」、「中日」、「中韓」の諸々の事が一斉に殺到してきた状態に直面し、障礙が重々であり、施政者の「両岸の中国内政事務」の判断に直接に影響を与えてしまうと言えるだろう。当面、飛行ルートのことについて、それらの用心が一目で判明でき、少しでも油断したら、両岸の関係を「武力統一」の瀬戸際まで推し進めてしまい、そのカギは「中華民国の態度表明」にあるのである。

危機が四方に潜んでいる。病菌、ウイルスの一斉暴発となり、「保台方案」の行動も主動的に出撃し、局面を転換させなければならない。全教同奮が確実に五門の功課を力行し、また教院、教堂、道場の「午の刻の祈祷」への参与を強化することを

厳しく要求する。例え、個人の要因で参与が困難の場合、同奮も家、職場で、周りの環境が許容の場合、廿字真言、基本経典を以って、個人的な「午の刻の祈祷」を行うように。心は穏やかに、気持ちは和やかになる。心を修め、性を養い、

正気を培養し、実際の奮闘行動を以って、「救劫保台護国」を行うのである。

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この小誌はドキュメントであり、フィクションでは有りません。
本書は当時のまま校正もしていません。 日本人の持つ大和魂の価値感を呼び起こし、 今後の日本国復興再建に役に立つ提言と確信しております。

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