最新の聖訓

紫微大帝:聖訓 

二〇一五(中華民国一0四)年 五 月二十六日

帝極(参)天字第一一六号

 

一0四年 五 二十一日

乙 未 四 月 四 日 午の刻

 

法会啓建において、我らは命を奉じ普く金光・祥光・福徳光・平安光・智慧光を施すので、人間界の同奮の誠意の至る所には、必ず感応がある。並びに同奮が本師の「言教・身教・心教」を手本として、小我生命の落とし穴から出て、大我生命の幸福を全うし、奮闘して感応を得、感応を得て奮闘して、奮闘により人生の新境界を創出するよう激励する。

子供の啓蒙教育においては「人の初め、本性は元々善であり、本性は相近いが、習慣で遠くなっていく」と指摘している、人は紅塵にあって立足し、必然的に環境の誘惑と情欲の試練を受ける、もし先天の根がないか、あるいは善の知識がないか、あるいは正しい宗教による指導がなく、長年の悪習に染まって、真性が迷昧となり、この世で誤った道に入ると、死後波にただよいただ流れるのみとなる、残念で嘆かずにはおれようか。いわゆる「道魔共に存する」であり、個人について言うと、体内の和子と電子はすなわち善悪両極端であり、その闘争は始終不断で、人性の価値は、すなわち「矛盾の統一、対立の調和」の中に余すところなく現れる;気運について言えば、大宇宙の大空間において、もし正気が充満していれば、天清く地寧となり、求めずして自ずと得られるが、一旦魔氛が充満すると、天災地変が起こり、すぐ反応がある。


 

 

 


 

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