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天照大神:聖訓

二O一七(中華民国一O六)年十二月廿二日

 (106)帝極(参)天字第五一六号 

 二O一七(一O六)年十二月廿一日  

丁酉年十一月四日 午の刻 


私は玉和殿の殿主で、日本教区に対し期待している。 

 一、人身は得難いものだが現在得られている。大道は遭遇し難いものだが現在遭遇している。賢明な師に巡り会い難いものだが出会っている。

今、この身を以って今世を済度しなければ、いつまで待つのだろう。

二、天帝の教化は広く照らしている。

だが、日本教区における弘法がなかなかできないことは、日本国にとって損失であり、私にとっても一つの大きな隠れた憂慮である。 

三、曠劫(長きにわたる大きな脅威)は遭遇し難しいことである。

同奮が習得した生と死を超えた静坐は、首代の首席使者の自ら証明した道を悟った修心の法門である。同奮は心をこめて「坐り」をして、日々に「坐り」をし、静坐のよい習慣を養成する。  

四、同奮は共に救劫使者である。

廿字を履践(リセン・実践)し、人生守則を力行する。同奮に奉仕し、同奮を助け、和諧に共存し、本分を守り、足ることを知り、助け合い、 協力し合う。 

五、五門の功課は「反省懺悔」から始まる。

心を清めて、思慮を洗滌し、 過去の過ちを悔い改め、善の道へ導く。

熱準を引き上げ、奮闘力を高め、人の過ちを隠し、人の長所をたたえ、日本の弘教を発展させる。 

六、日本弘教において、長期、中期、短期の目標を以って計画を立てること。

長く、遠くの計画で、日本の人情風土と融合させ、弘教に有利にする。 

七、「正しい」ことをした同奮を認めて、受容しなければならない。

人は聖賢な者ではない、誰でも過ちを犯す。度量を広め、人に宏量を持ち、理解する。一歩を後退すれば、海と空のように視野も広くなる。

互いに心気を知り、互いに惜しむ。このように対処できれば、弘教の道には同奮も伴ってくるに違いない。 


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