百問百答

天帝教百問百答

 

前言

 

 地球の気運の急激な転変により、人類はまさに宗教上のいわゆる三期末劫に直面している。これはすなわち第三次世界大戦 ~ 核兵器による壊滅的戦争であり、事実上我々に次のように告げている:人類が直面している危機のまず第一は社会道徳の喪失であり、人心の険悪さはすでにどうしようもない所にまで至っている。

 本教が民国六十九(一九八〇)年に復興してからは、まず自由な布教の許可を得、それからすぐに布教活動を展開し、一方では正宗静坐と精神治療(天人炁功)を伝授して、信徒同奮が原人を済度する方便法門および自我修持となし、一方では制度を築いて世に知らしめた。すなわち天帝教の教名で財団法人の申請をし、民国七十五(一九八六)年七月に「財団法人天帝教」の設立を認められ、本教は中央政府の認可した第十番目の宗教となって、信徒同奮達は台湾各地に広がり、また海外では日本宗教法人、アメリカNPO教団に教院が建立されて、天帝教が全地球を普化する拠点となっているのである。

 

 復興初期において本教は、社会各界人士の多方面からの直接、間接の支持および激励を受けた。天帝教の道統教源、中心思想、組織活動、時代使命などに対する探究と研究の過程においては、多くの疑問が提出され、類似したものも非常に多かったが、本教の各地教院の責任者である同奮の、本教の教義等に関連した問題に対する理解の深さが等しさを欠いたため、回答に不一致が生じることもあったので、本教の始院は全体的な紹介となることを目指して、各種問題の整理収集を行い、民国七十五(一九八六)年『天帝教概況問答』を教内参考用として仮出版した。しかし出版が倉卒で遺漏があったため、再度の整理修正を経て内容に取捨選択を加え、重要な問題百問を選び、対外的な公式見解とするだけでなく、本教の帰依してまだ日の浅い同奮の基本的教材とすることができるようにした。

 

 本書は三部分に分けられ、一貫した系統立てにより編集されている:

第一の部分は本教の教源と創教の経過および由来を説明している。第二の部分は本教の教義および関連した教典の問題について答えており、宇宙観、人生観、天道観および世界観について簡明にして要点を押さえた説明をしている。第三の部分は各級教院の組織、訓練活動および未来の展望について説明をしている。

 

 編者は大徳、長老、有道の君子のご指導を賜わらんことを深く願っている。また教内の同奮が本書を閲読した後、本教についての正確な認識を得て、天帝の真道、宇宙大道の要旨を理解し、日常生活の中で修養し会得して、更に進んで一層努力し、遵守して奉じ行うことを特に希望している。これによって人類の根本問題はいささかでも転機を迎え、本教の二大時代使命を完成させることができるのであるから、意義は誠に大きいのである。

                中華民国七十六(一九八七)年十一月一日

 

目次


     一、教源とそれに関する問題

  1. 天帝教とは何のことをいうのか。
  2. 「天帝」の二字は何を指しているのか。
  3. 天帝の宇宙大道とは何であるのか。
  4. 貴教はなぜ天帝教と称しているのか。教主は誰か。
  5. 先天天帝教復興の第一代とは何のことをいうのか。
  6. 貴教のいわゆる道統と、中国の堯、舜、禹、湯、文、武、周公、孔子と引き継がれて来た道統とは、相違があるのか。
  7. 貴教の『道統衍流』の書は何処より得られたのか。
  8. 光生とは何のことをいうのか。光幕とは何のことをいうのか。その原理を教えていただけないか。
  9. 天帝は天帝教復興第一代が人間界で復興することを特にお認めになり、第五十五代天人教の人間界における教主李極初先生を駐人間界首任首席使者としてお遣わしになったのであるというが、これはどこからもたらされた便りなのか。やはり李子戈先生の侍光によってもたらされたのか。その信頼性はいかがなものか。
  10. 貴教と天徳教の根源には深い関係があるということだが、その詳細をお聞かせ願いたい。
     
    二、経義とそれに関する問題
      
  11. 貴教は歴史が長いので、きっと教典も多いのではないか。
  12. 共同教典とは何か。
  13. 基本教典とは何か。
  14. 特定教典とは何か。
  15. 「応元」とは何のことをいうのか。
  16. 諸々の仙神仏は霊界において組織があるのか。また天界の層関係はどうなっているのか。
  17. 貴教の天界に対する区分と、貴教の教義に説く和子八等級には、食い違いはないのか。 
  18. 和子とは何のことをいうのか。
  19. 貴教は生前において修行しなかったため、死後無力になってしまった和子をどう解釈しているのか。
  20. 仙仏は修行により上帝の境界に達することができるのか。
  21. 上帝の尊称である「玄」「穹」「高」の三字の意味するところについて簡単に解釈していただきたい。
  22. 上帝がすなわち宇宙の化身で、また宇宙の最高主宰者であられ、崇高で上にあるものがないというのに、どうして 無生聖母がまたその上にあられるというのか。両者はどのような関係にあるのか。
  23. 上帝が宇宙を創造され、万物を造化されたというのに、なぜ生霊をそのなすがまま三期末劫に直面させられているのか。なぜ御自ら化除されようとされないのか。
  24. 化劫(業の化解)は人類自身によるものであると言うのに、どうしてその上誦誥して 上帝に祈求しなければならないのか。
  25. 三期末劫の「三期」の二字を解釈していただきたい。
  26. 毎年旧暦十二月二十三、二十四の両日は、中国の民間ではかまどを祭る日である。貴教の巡天節も同じ日であって、首席使者は天に登り、 天帝が地球を巡視されるお供をして、翌年の「行劫(業の執行)」計画を決定しなければならないと聞くが、このようなことはあるのか。
  27. 首席使者の真霊は天界にまで高められ、天機の大事に参与されるというのは、人と神が直接交流するいうことなのか。これはどのような天人交通方法なのか。
  28. 貴教は目下首席使者のほか、教徒の中に提霊能力を持っている者はいるのか。
  29. 「媒圧」とは何のことをいうのか。
  30. 「神媒」とは何のことをいうのか。
  31. 「神媒」に対して、「第三神論」とは何のことをいうのか。
  32. 貴教の第三神論は、「神媒」を指して言っているのに、どうしてその上また「先に自然があって、その後に物質があり、最後にようやく神がある、したがって第三神論と名付けるのである」と解釈するのか。
  33. 神が救済の神でもなく、創造神でもないというのに、どうして貴教はそれでもなお 上帝が宇宙万物を創造され、哀求の呼びかけとして 上帝を「赦罪大天尊」であるとするのか。はなはだ矛盾しているのではないか。
  34. 上帝は先天にして存在しておられるので、形象はないのが当然であるが、諸天の聖尊仙仏は人が神になったものであるから、形象を世に留めるのは自然である。貴教は偶像崇拝に対してどのような態度をとっているのか。
  35. 貴教の天極行宮の横にある太子殿には、托塔李天王の第三太子 [口那] [口宅託ゴンベントル] の神像が祭ってあるのではないか。
  36. 貴教の天極行宮は、神聖荘厳で、人をして誠心、敬虔、静粛にさせる雰囲気を持ち、一般の寺廟道観とは全く異なっているが、その特徴について簡略に説明願いたい。
  37. 天極行宮の第一層は「平等堂」と名付けられているが、命名の由来を説明願いたい。
  38. 貴教は教徒を「同奮」と呼んでいる。共同して奮闘するの意味は明らかであるが、奮闘の道についてお尋ねしたい。
  39. 自己に向かって奮闘とは、何のことをいうのか。
  40. 自然に向かって奮闘というのは、何のことをいうのか。
  41. 天に向かって奮闘というのは、何のことをいうのか。
  42. 三種の奮闘には前後本末はあるのか。互いの関係はどうであるのか。
  43. 貴教の天極行宮の第二層は大同堂と名付けられているが、各地の教院にもまた皆大同堂がある。貴教は「大同教」ではないのに、なぜこのように「大同」に執着するのか。また貴教は宗教の大同を主張していると聞くが、それは世の気運の大同か、それとも天人の大同か。
  44. 貴教の天極行宮の大同堂には、どうして巨大な国父孫文先生と故蒋介石総統の画像が懸けてあるのか。この場所は宗教の聖地であって一般の政府機関ではないのに、どうしてこのような他の場所では決して見かけることができないものがあるのか。
  45. 貴教の見解では、 上帝はどうしてお二方を中山真人、中正真人と封じられ、天極行宮玉霊殿の正副殿主としてお遣わしになったのか。
  46. 天極行宮の「特定任務」および貴教の祈祷詞の「青天白日光明を放つ」などより、貴教の愛国感情を知ることができるが、これらは一部の人士によって深く 政治的色彩を帯びていると考えられ、「国民党の外郭宗教」と揶揄されているが、貴教はどうお考えになるのか。
  47. 貴教の宇宙観はどうなっているのか。
  48. 貴教の「物質自然観」は、大自然は大自然そのものが創造し、物質は自然が凝固したものであると考えているが、それでは「 上帝が宇宙を創造された」という説を否定しているように見える。貴教の見解をうかがいたい。
  49. 貴教の教主は 上帝であられるが、貴教の上帝観はいかなるものであるのか。
  50. 貴教の教義における中心思想を簡略にお教え願いたい。
  51. 貴教の教義の哲学的基礎は何であるのか。
  52. 貴教の教義の中心思想は、中国の儒家から出ているようだが、貴教の教義の哲学的基礎は三民主義の精神とも呼応している。これはなぜか。
      
    三、組織とそれに関する問題
      
  53. 貴教はしばしば「時代使命」を強調しているが、宗教が時代使命を提唱するのは決して以前に例がないことではない。貴教はなぜ時代感をもつに至ったのか。貴教の時代使命は何か。
  54. 貴教の使命がかくのごとく崇高偉大であるなら、どのようにしてそれを実践するのか。
  55. 貴教の各級教院の最高指導者は、一律に「院教」「副院教」と呼ばれているのか。
  56. 貴教の教堂というのは、貴教の基層組織であるのか。
  57. 貴教の最高の精神的指導者が貴教の首席使者であることは分かったが、貴教の始院の最高指導者は導師である。首席使者はすなわち導師であるのか。あるいは導師を首席使者とよぶことができるのか。
  58. 貴教教院の宏教組織は、「始院」より「教堂」に至る六級五院一堂制をとっているが、「極院」はどんな職分をもっているのか。
  59. 「内職侍居執儀」とは何のことをいうのか。
  60. 「枢機院」とは何のことをいうのか。
  61. 枢機使者はどうやって決められるのか。
  62. 貴教の首任主席使者が天に帰られた後は、どのようにして後継者を決めるのか。
  63. 「天人研究総院」とは何のことをいうのか。
  64. 貴教の「天人研究総院」はすでに開設されているのか。
  65. 貴教の教徒同奮の奮闘手順はなぜ三皈三乗に分けられなければならないのか。以前はなぜ実施されていなかったのか。
  66. 三皈三乗とは何のことをいうのか。
  67. 三乗進修のそれぞれの内容はどのようなものであるのか。
  68. いわゆる皈師というのは、どの先生に帰依することをいうのか。
  69. 貴教の教徒はお互いに「道名」で呼び合っているようであるが、教徒全員に道名があるのか。「道名」の由来な何か。その意義はどこにあるのか。
  70. 貴教の同奮の「道名」は、どうしてみな「光」、「緒」および「敏」、「静」の字を使い序列をつけてあるのか。
  71. 貴教の特徴は非常に多いが、たとえば教徒のことを「同奮」と呼ぶのはどうしてなのか。
  72. 貴教の教徒になるにはどうしたらいいのか。
  73. 貴教の帰依手続きはどうしたらいいのか。なにか条件や制限があるのか。
  74. 現在貴教には教徒がどのくらいいるのか。
  75. 貴教がすでに建立した教院はいくつあるのか。
  76. 貴教の日本国主院はいつ建立されたのか。
  77. 貴教には目下海外布教の計画はあるのか。
  78. 貴教の大同堂に置かれている、青地の中心に黄色い丸があり、その中心に篆書で赤く心の字が書かれている旗の、色や字などの表象にはどんな意味があるのか。
  79. 貴教の教院の門口の上方にかかげてある「◎」の標識は、貴教の精神的シンボルではないのか。その表象の意義はどこにあるのか。
  80. 貴教は宗教の大同を主張しているが、「礼拝」は行っているのか。
  81. 貴教の「親和集会」と、カトリックの「ミサ」とプロテスタントの「礼拝」は、どのような違いがあるのか。
  82. 貴教には「教院親和集会」の活動のほかに、「家庭親和集会」が行われていると聞くが、その通りなのか。
  83. 貴教の精神治療「天人気功」は、現代科学の観念に合わないように思えるが、医学界の非難を引き起こすのではないか。甚だしくは厚生行政当局の干渉をも招くのではないか。
  84. 貴教の教徒で静坐班の修了者は全て、精神治療を行うことができるが、このほかの課程は伝習されているのか。例えば多くの人々が興味を持っている「霊通」「通霊」「神通」「通神」の類の活動はどうなっているのか。
  85. 貴教が講座を設けて伝習している静坐は、どうして「中国正宗静坐」と称しているのか。
  86. 貴教の正宗静坐は、中国の道家の伝統的な修煉の方式と、どのような違いがあるのか。最後はどこで成就するのか。
  87. どうすれば貴教の静坐班に参加して、訓練を受けることができるのか。
  88. 貴教の正宗静坐班は、男女とも参加できるのか。
  89. 貴教の正宗静坐班はどこで開かれているのか。
  90. 玉霊甘泉とは何であるのか。
  91. 貴教の天極行宮の「玉霊泉」の開削成功は、確かに不可思議な出来事であるが、貴教はどうしてこれを宗教哲学研究社の月刊誌「宗教哲学」に掲載しなかったのか。
  92. 貴教の月刊誌「宗教哲学」と雑誌「教訊」は、いずれも文章による宣伝活動であるが、二者の間には何らかの違いがあるのか。
  93. 貴教の坤道教徒は、一般の活動に参加するほか、坤道独自の行動に参加することはあるのか。
  94. 貴教教院に連絡をとると、いつでも電話に読経の声が聞こえるが、これはどのような経文なのか。
  95. 「日行四課」とは何のことをいうのか。
  96. どうして皇誥と宝誥を虔誦しなければならないのか。
  97. 貴教が両誥の敬誦を始めてから、感応はあったのか。その例をいくつかあげていただきたい。
  98. 貴教の「日行四課」の祈祷は、「信仰の心が惑わされず、赤魔の気が清められることを願う」の言葉から始まり、「天が中国大陸の同胞をお守りになり、彼らが果てのない苦海を離れ、一日も早く火熱厳寒を脱出することを願う」と続いて、更に「中国が統一され、中華文化が復興し、万方共和しますように」と続くが、同胞に対する真心と、国家に対する熱愛と、共産党に対する憎しみに満ち満ちており、宗教界では極めて稀にみるものであるが、その理由をお聞かせ願いたい。
  99. 奮闘カードとは何か。
  100. 貴教は「奮闘」を強調している一方で、また「天命」を標榜している。「天命」には「宿命」に似た意味があるが、「奮闘」は力強く進取精神に満ち満ちていて、両者は全く違うようである。貴教はこれをどう調整して相補うものとするのか。御高見をお聞かせ願いたい。
      
       
    一、教源とそれに関する問題:

  

  1. 天帝教とは何のことをいうのか。
     天帝の宇宙大道を教化の根本とする宗教であるので、これを天帝教というのである。
      
  2. 「天帝」の二字は何を指しているのか。
     「天帝」は宇宙の創造者であり、すなわち宇宙の主宰 玄穹高上帝の簡明な尊称である。すなわち古代の中国人が斎戒沐浴し 上帝に仕えるところの 上帝であり、また地球上の人類全てが共に信仰尊奉しているところの 上帝である。我々天帝教徒は、 天帝とも 上帝とも申し上げている。

  3. 天帝の宇宙大道とは何であるのか。
     天帝の宇宙大道とは、すなわち天帝の真道であり、その三つの要旨は:
    (一)天道においては運行を休むことなく、奮闘して怠らず、行を究め、人道においては自ら向上を目指し、お互いに協力して、日に日に進歩してゆくこと。
    (二)天道においては自然律の調和、すなわちいわゆる万物並行して衝突せずであり、人道においては協調の精神、すなわち万物並存してそこなわずである。
    (三)天道においては仁愛と慈悲であり、人道においては天人を貫通して、修行の目的が救世済度であることを悟ること。
     
  4. 貴教はなぜ天帝教と称しているのか。教主は誰か。
     本教はすなわち先天天帝教復興の第一代であり、 天帝が御自ら創設された第一代帝教の道統の流れを直接受け、 天帝の真道を奉じて行うのであるから、自ずと天帝教と称するべきなのである。教主は 天帝であられる。
     
  5. 先天天帝教復興の第一代とは何のことをいうのか。
     話は長くなってしまうが、天帝教の道統から話さなければならない。 天帝が宇宙を創造されてすぐ教えを立て後世に伝えられたので、 天帝がすなわち先天天帝教の第一代教主であられる。その後宇宙において危急、震撼、重大転変が起ころうとする度に、 天帝は必ず情勢に応じて代表あるいは使者を選ばれて適切な星に降ろされ、教えを立て救世、行道、教化をされてきた。各代の教名は異なるが、道統は伝えられ不変である。第五十五代天人教教主李極初先生が、西嶽華山で命を受けられた後は、日に日に人間が堕落し、赤焔が燃えさかり、中国は遂に陥落してしまい、それから米ソの対立がますますひどくなって核戦争が一発触発となり、世の乱れが頂点に達して、宗教上のいわゆる三期末劫が不可避になって、真に天人教やその他の宗教の救える状況ではなくなってしまった。先天天帝教教主 天帝は、李先生の度重なる哀求に遂にお答えになり、一九八〇年十二月二十一日、先天天帝教が直接地球を教化することを特にお許しになって、天帝教復興の第一代を台湾に設けられ、人間界には教主を立てず、天人教の人間界における教主李極初先生をお選びになって、天帝教復興第一代駐人間界首任首席使者としてお遣わしになったのである。
     
  6. 貴教のいわゆる道統と、中国の堯、舜、禹、湯、文、武、周公、孔子と引き継がれて来た道統とは、相違があるのか。
     天帝教と宇宙は起源を同じくする。したがって天帝教の道統と宇宙は始まりと終わりを同じくする。道統は五十一代に至って始めて地球に伝わり天極教となった。教主は盤古氏である。第五十二代は天源教で、教主は軒轅氏、十五世代伝えられ、その栄えた五世代には、神徳教教主唐堯、神穆教教主虞舜、神明教教主夏禹、神隆教教主周公、および文宣教教主孔子がいる。五十三代は天鈞教で、教主は鈞天上帝であり、五輔宗(太上教主、釈迦教主、基督教教主、禦寇教主、雲龍教主)を統御する。五十四代は天徳教で、教主は蕭昌明先生、五十五代は天人教で、教主は李極初先生である。ここに 天帝のお許しを賜り、先天天帝教が人間界の台湾において復興されることとなったのは、天命により五十五代を経たものが大元に戻り、道統を続けていくということであり、またこれはすでに天意により定まっていたのである。中国歴史上の堯、舜、禹、湯、文、武、周公、孔子という一脈の道統は、天帝教道統第五十二代において栄えた五世にあたるということが分かるであろう。つまり 天帝が宇宙を創造されてすぐ教えを立て後世に伝えられ、それは終わりなき未来に向かって永遠に続き宇宙教化の大動脈となっているのである。中国の道統はこの大動脈の中にあり、大動脈とは自ずと主従関係および不可分の関係にある。したがって同じところもあれば、違うところもあるのである。
     
  7. 貴教の『道統衍流』の書は何処より得られたのか。
     時間を遡ること半世紀、中国は正に血塗られた抗日戦争の最中にあったが、当時首席使者李先生(字玉階、道号涵静老人)は、表向きは華山に隠棲されていたが、実は霊界をまとめて無形の力を動員しておられ、中国国軍の大西北地区防衛に協力され、華山の山麓黄河べりの潼関の鎮守に重きを置き、抗戦勝利まで対岸の風陵渡の日本軍を押さえつけて生命線を越することを許さず、関中平原の浄土を確保されたのであった。その長子李子戈先生は、時にまだ少年であったが、気質が優れていて生まれつきの智慧は群を抜き、すでに天人交通においても傑出した人材にしか従事できない「光生」の任務ができるようになっていた。稀世の宝『道統衍流』の書は、李子戈先生が「光幕」から写しとって来たものである。李先生は今すでに六十歳を越えているが、淡江大学戦略研究所の教授の任にあり、高名な政治評論家である。
     
  8. 光生とは何のことをいうのか。光幕とは何のことをいうのか。その原理を教えていただけないか。
     「光生」(天人交通人員の総称)とは、「侍光」(光幕を見る人員)で、すなわち伝統的な天人交通の技術員の一種である。「光生」はなにもない布の幕の上に、各種の形象文物を見ることができる。「光幕」は一枚の布の幕であるが、普通の布の幕ではなく、大殿中央の神卓上方に懸けられる黄色の絹の緞子の幕であり、日常信徒の祈祷礼拝を受けるものであって、本教の各級教院あるいは天極行宮の教壇に行けばすぐ目にすることができる。「光生」が「侍光」の任務を遂行する時には、「光生」には「晶力」(光幕上に浮かんだ映像を見る力)があり、「光幕」は「折力」(字・画を映し出すスクリーン)となり、神(メッセージの発信者)は「摂力」(主導者)である。「光生」の光幕に対する敬虔さが頂点に達した時、その「親力」陰電波は上の霊界に達して、すぐさま霊界の相対する「和力」である陽電波に呼応し、両者は化合して「水晶質」となる。これがすなわち光波であり、光幕の上に投射され、光生の目には丁度テレビや映画を見るように感じられるのである。
     
  9. 天帝は天帝教復興第一代が人間界で復興することを特にお認めになり、第五十五代天人教の人間界における教主李極初先生を駐人間界首任首席使者としてお遣わしになったのであるというが、これはどこからもたらされた便りなのか。やはり李子戈先生の侍光によってもたらされたのか。その信頼性はいかがなものか。
     李子戈先生はジャーナリズムと戦略の研究に従事すること数十年、すでに長い間「侍光」の任務は行っていない。天命を受け取る仕事は、天人交通技術員の別の一種である「侍筆」によって行われているのである。「侍筆」の原理は、「侍生」の「伝力」をかり、筆は「電力」(動力)、神は「播力」(伝達者)となり、これら「電力」と「播力」が合わされて完成するものである。この天命を執行する侍筆者は、連重光(道名光統)先生である。台湾出身の傑出した青年であり、現在は玉山銀行板橋支店長の任にある、金融界の精鋭である。「信頼性」についてであるが、宗教というのは元々道徳的良心的事業であって、一切は「誠」によって決まる。「誠」であるには知ることとそれを篤く信じることが先立つのであって、どこに疑義などあろうか。
     
  10. 貴教と天徳教の根源には深い関係があるということだが、その詳細をお聞かせ願いたい。
     天帝教の道統において、天徳教は第五十四代に属し、天人教は第五十五代に属するが、五十五代目よりいにしえの大元に還り、天帝教の復興第一代(すなわち本教)となった。六十年足らずの間に上述の三代が続いたことは、道統においても稀に見るところであり、その影響は自然と大きい。況や本教の首席使者であられる李極初先生は、前天人教教主で、元をたどれば天徳教教主の一番弟子であられ、天徳教教主を輔弼して上海に教えを建て、命令を奉じて天徳教を大西北諸省に広められ、民国二十六(一九三七)年七月二日、対日抗戦勃発の五日前に天命を奉じ、家族で西嶽華山における隠棲を始められ、民国三十一(一九四二)年冬天徳教蕭教主が安徽省黄山で逝去され空に帰った日に至った。師の命により西嶽華山の白雲深きところにおいて隠棲されていた天徳教の継承者李極初先生は、すぐさま 天帝の詔により天人教主に封ぜられ、道統は継がれて第五十五代の天帝教となられた。こうして今日台湾で第五十五代目においてそのいにしえの大元に戻り、天帝教の復興第一代が人間界の蓬莱仙島(台湾)に再降臨したのである。
       
      
    二、経、義とそれに関する問題
      
       
  11. 貴教は歴史が長いので、きっと教典も多いのではないか。
     本教の教典は少なくなく、共同教典、基本教典、それに特定教典がある。
     
  12. 共同教典とは何か。
     例えば中国の至聖孔子は、すなわち天帝教第五十二代天源教の文宣教主であり、道教、仏教、キリスト教、回教などは、天帝道統第五十三代天鈞教の道世輔宗である。したがって中国の儒家、道教の経典、および世界各大宗教の教典で、本教の共同教典でないものはない。これは決して人のよいところを奪い取ろうとか、人のものを己のものにしようとか言っているのではない。その奥底には一つの脈が流れており、お互い分割できるものではないのである。
     
  13. 基本教典とは何か。
     本教の元々の基本教典は、天人日誦大同真経、平等真経、奮闘真経、天人親和北斗徴祥真経、および天人親和真経の計五種であり、もともとは天帝道統第五十五代天人教の教典であった。これらは民国三十三(一九四四)年から民国三十五(一九四六)年の間に西獄華山の白雲深き処において賜ったものであり、教徒が修持の過程において道理を理解し、また凶を吉と化して人々の福禄を増して、奮闘の力を強めるために用いるものであったが、本教の復興が許されてから後は、五種の教典とともに詔を奉じて天帝教の教典となった。ただ首席使者は本教復興の重大使命に鑑み、積極的に核戦争による壊滅の浩劫を化延して人類を存亡の危機から救い、復興基地である台湾地区の地盤を強固にすることを第一優先として、教徒自身の福報は二の次とされたため、一九八六(民国七十五)年春に至ってようやく教典の誦唸が始められ、教徒の宗教生活の日常基礎修行となったのである。
     
  14. 特定教典とは何か。
     いわゆる特定教典とは、「特定」の二文字に特有特殊専用の意味を持たせて言っているのである。本教の「皇誥」および「応元宝誥」は、本教の特定経典である。前者は道統の始祖宇宙の主宰 玄穹上帝の聖号であり、後者は 天帝が諸々の上聖高真を詔によって封じられた号とその応元徳業の事績である。この両誥は本教のみが持っているもので、本教と霊界の交通のよりどころとなるものである。本教の信徒が化劫、救世のため両誥を誦唸する際には、誦唸する毎に超力電波信号となって天に達し、自ずと不可思議な極大の感応を得るのである。
     
  15. 「応元」とは何のことをいうのか。
     宗教用語で「応」というのは物事を管理する、執行する、命を下すという意味で、「元」というのは足元を固め根源をひらく、民風を太古に戻す、天運を回転させるという意味である。但し「元」は宋代の邵元(康節)の解釈では、天が子にひらき、地が丑に建ち、寅に会して物を開き人を生む十二万九千六百年という、開闢から壊滅に至る一大周期の「元」であるとする。そして「応元」とは、すなわちこの一周期において管理、執行、命を下す諸々の仙神仏であるとする。
     
  16. 諸々の仙神仏は霊界において組織があるのか。また天界の層関係はどうなっているのか。
     無形宇宙の組織は厳格で、一般的に言うと俗世間の衆生すなわち象天欲界の上にあって、気天の色界・化電界、玄霊高上帝がその主持である中天昭明聖殿から、文衡聖王がその主持である南天文衡聖宮に至る。更に無形宇宙の中心は理天の無色界・化炁界で、その中心は無生聖母がその主持である無生聖宮と 玄穹高上帝がその主持である金闕凌霄宝殿から、三期主宰がその主持である清虚宮に至る。
     
  17. 貴教の天界に対する区分と、貴教の教義に説く和子八等級には、食い違いはないのか。 
     二種の分類には、決して矛盾はない。天界の層というのは、霊界諸神の分布について全体的に言ったものであり、和子の等級というのは、諸神の生前死後の行いと修持の個別の成果について言ったものであって、天界の層において処するところは、和子等級の高低によって決まる。したがって「普通和子は欲界、象天」、「自由神、天君、聖は色界、気天」、「天尊、仙、仏、 上帝は無色界、理天」となるのである。
     
  18. 和子とは何のことをいうのか。
     和子とは、人体にあって、道家の「性霊」、仏家の「阿頼耶識」、キリスト教と回教の「霊魂」にあたるものであって、動物においては生命であり、鉱物と植物においては生気である。いわば宇宙の一切の現象において陽性、能動、自由、自覚の原素を代表するものは全てこれに属するのである。
     
  19. 貴教は生前において修行しなかったため、死後無力になってしまった和子をどう解釈しているのか。
     人体の中には、和子と電子という二種の基本要素がある。生命の本源はこの二者が適切に配合することによっている。和子は霊であり、先天的で、純粋で、善も悪もないものである。電子は肉体であり、父母からの遺伝性を持ち、凶悪剛烈なものである。二者が結合して人となるが、その間の対立と闘争はやむところがない。ただ幼年の時は霊と肉の配合状態は平衡しており、心と物の協調はたやすく、電子は和子の指揮に従うのであるが、壮年になってからは、修持していないと、肉体の欲望が段々と増し、悪念が常に起こり、肉体の陰電子が増加して、心と物の協調はくずれ、霊と肉の間には激突が生じ、和子は段々と肉体陰電子に化合されて、数が多くかつ重い陰電子となる。死後の和子は重く、飛び上がることができない。また功徳がないので、霊界での生存の基準に合わず、そのため自然律の支配に服従するほかない。その陰質の電子を取り去ると、半昏睡の少陽体となり、無意識的に地面を浮遊し、他の引律の支配を受けて、各種陰性物質に吸引され、各種動植物となり、それからは生と死を循環して已まず、永久に自奮の能力はない。
     
  20. 仙仏は修行により上帝の境界に達することができるのか。
     その可能性はある。人類が修行によって仙仏の地位に達すると、基本的には聖胎となっており、羅金仙の身分を具有しているが、聖胎から修行によって[キ]胎となって、鐳炁の境界に入ることができ、 上帝と親和して一体となる。 上帝の化身になったとも言えるのである。本教出版の『天堂新認識』の無極無聖英皇に関する一文「西方極楽世界の原始組織、清虚宮の秘密道場およびその真の意義を談ず」を参照すれば、その詳細を知ることができよう。これは本教の奮闘の最終目標である、聖凡平等に対する説明ともなっている。
     
  21. 上帝の尊称である「玄」「穹」「高」の三字の意味するところについて簡単に解釈していただきたい。
     「玄」は微妙で名状しがたい、理解しがたいということであり、「穹」は、広大で計量しがたということであり、「高」は最も崇高で、比べるものがないということである。これを総じて言えば、まさに宇宙の大道をそのまま表したものであり、したがって 玄穹高上帝はすなわち宇宙の化身であり、世の人々を応化するために顕現したものである。
     
  22. 上帝がすなわち宇宙の化身で、また宇宙の最高主宰者であられ、崇高で上にあるものがないというのに、どうして 無生聖母がまたその上にあられるというのか。両者はどのような関係にあるのか。
     上帝が宇宙を創造されたのであるから、これを道の「有」(運用をつかさどること)と見れば、 無生聖母は道の「無」(運用の実体)であり、 上帝が万物を応化されるのであるから、これを道の「用」と見れば、 無生聖母は道の「体」であり、 上帝が宇宙の大「道」であられるのであるから、 無生聖母は道の「源」であられ、宇宙の主宰に対しては「生して有(擁)せず、為して恃せず(生み出したが支配せず)、長(おさ)にして宰せず(道の運用をつかさどらず)」である。
     
  23. 上帝が宇宙を創造され、万物を造化されたというのに、なぜ生霊をそのなすがまま三期末劫に直面させられているのか。なぜ御自ら化除されようとされないのか。
     上帝はその形に倣って人を造り、特別に自由意思を賦与され、吉凶禍福は全て自らの責任によるものとされたと常に言われている。今日人類が三期末劫に直面しているのは、人類が自らの悪行によって招いたものであり、したがって劫は人により造られ、劫は心により造られたのであり、化劫は人にあり、救劫は心にある。いわゆる「鈴を解くのはやはり鈴をつけた人による」である。 上帝の主宰される大宇宙の中では、いくつの星や惑星が「小混沌」の誕生と滅亡を繰り返しているであろうか。生きるものは生き、滅びるものは滅ぶだけである。今日地球の人類がもし一体となって覚醒し、三期末劫を化除するために奮闘するならば、 上帝は当然ながら「それを喜んで成就させられる」、すなわち 上帝はそれを全うして下さるであろうが、決してされる以上のことはして下さらないのである。
      
  24. 化劫は人類自身によるものであると言うのに、どうしてその上誦誥して 上帝に祈求しなければならないのか。
     無始以来、地球人類は日に日に物欲に染まるところとなり、真性が迷昧し、罪悪が累積され、怨念が循環し、今日に至って人心は更に険悪になってどうしようもないところまで来てしまい、そのため壊滅的末劫を招いたのである。このため本教は今の人類が一日も早く人心を改めるようにし、それを根本から救って、道徳と精神の再建に努力することを呼びかけてはいるが、末劫を化除しようとすることまでにはとても力及ばず、すでに時遅しではないかと恐れて、 上帝がお慈悲によりお力を現されて、世界核戦争による壊滅の浩劫を化延されるのを哀求する一方で、天帝の真道をお迎えし、修行に勤めることにより、 上帝のお力で天運が回転されて願いがかなうことを望んでいるのである。
      
  25. 三期末劫の「三期」の二字を解釈していただきたい。
     「三」は、万物の意を指す。「一から二が生まれ、二から三が生まれ、三から万物が生まれる」の「三」である。「三期」とは、「盤古の開闢より壊滅に至る過程(行劫・清劫・末劫)である。「三期末劫」とは、地球にとって言えば、第三次世界大戦を指すのが最も適切であって、「三期!三期!」と嘆くばかりでは、事実となってしまいかねないのである。

  26. 毎年旧暦十二月二十三、二十四の両日は、中国の民間ではかまどを祭る日である。貴教の巡天節も同じ日であって、首席使者は天に登り、 天帝が地球を巡視されるお供をして、翌年の「行劫」計画を決定しなければならないと聞くが、このようなことはあるのか。
     確かにある。ただし首席使者の凡体が天に登るのではない。凡体は天に登ることはできないが、首席使者の真霊が天界にまで高められ、 上帝が地球を巡行され、劫区を視察し、行劫の大小を決定するお供をするのである。巡天節は本教の一大行事であり、民国三十一(一九四二)年の天人教の時代にはすでに行事として定められていた。毎年巡天節がやって来ると、全教徒はまず一週間の斎戒沐浴浄身を行い、巡天節の子の刻に教壇に集まって、 上帝のお越しを恭しくお迎えし、数日後( 上帝のお留まりになる日数によって決まる)、教壇においてお帰りを恭しくお送りする。首席使者は、お迎えしたその時から、昼夜を通し座布団に結跏趺坐されて、食べ物をとられず、脇にお仕えするものが、適時に少量の清水と果汁をおすすめするだけである。この間生理的には極簡単な本能的反応があるだけで、お心の中は空虚であられ、お帰りをお送りする儀式が終了してから、お目覚めになって日常の状態に戻られるのである。
     
  27. 首席使者の真霊は天界にまで高められ、天機の大事に参与されるというのは、人と神が直接交流するいうことなのか。これはどのような天人交通方法なのか。
     「静観」は禅宗の修行がすでに上乗の域に達したということで、「定」、「静」、「安」、「慮」から「得」の真実の境界に達したということであり、道家のいう「通霊」、仏家のいう「見性」で、人と神との直接自力の交通ができる境界に達したということである。ただこの種の瞬時にして得られる悟りの境界は、「静参」の修行を深めなければ、身を以て体験できないものであり、言語文字によって形容できるものではない。
     
  28. 貴教は目下首席使者のほか、教徒の中に提霊能力を持っている者はいるのか。
     救劫の天命を負い、大願を発し、大志を立て、奮闘してやまない教徒同奮は、みな 上帝の封霊を賜り、修煉して少しでも成就した者はみな提霊されることができる。ただ封霊の修行がまだ足らなければ、同奮の凡体は自覚できないだけである。
     
  29. 「媒圧」とは何のことをいうのか。
     「媒圧」とは、すなわち神仏のことであり、また「神媒」の人類あるいは生物に対する直接的な支配力である。「神媒」がある人に対して媒圧を施す必要のある時には、宇宙の陽質放射線をこの人の大脳に投射し、神媒の意思を行い、その人自身の和子を隷属の地位において、その人自身は気づかないうちに自分の力を失ったかのようになる。
     
  30. 「神媒」とは何のことをいうのか。
     神媒とは、本教教義において述べられている第三神論にあげられた、神の真の相である。普く天の神祇で、 上帝と生霊との間の媒介をなさざるもの、 上帝のご意志を執行せざるもの、 上帝のお望みを万物に伝える天使でないものはなく、 上帝のご意志がこの地球上において行われるのは、他の星において行われるのと同じく、必ず神媒の仲介に頼らなければならないのである。一九三〇年代に日本の物理学者湯川秀樹が提唱した中間子理論は、原子核中の陽子あるいは中性子が、中間子の相互伝達媒介によって一つに結合することを解釈し、後の基本粒子物理学の先駆となって、これにより一九四九年のノーベル賞を受賞したが、現代の科学者は宇宙における四種の作用力(重力、電磁力、強力、弱力)全てに各自の媒介粒子があってお互いに作用力を伝達するという説を信じている。このような媒介と伝達を強調する観念は、半世紀前に本教の首席使者が提議された第三神論神媒(媒介神)至理と完全に一致する。これから首席使者がどうして先知先覚者でいらっしゃらないと言えるであろうか。
     
  31. 「神媒」に対して、「第三神論」とは何のことをいうのか。
     第一神論の「創造神」は、古代人の智慧が未開であり、人類が日月星辰大地山河など、全て神霊の創造であると考えたことによるものである。民の智慧が開くと、第二神論の考えが生まれた。すなわち神は人類の「救済の神」で、人の功罪は皆神の喜怒によって善悪の報償を受けるというものである。これらは神の真の相ではない。神の真の相は神媒、すなわち「媒介の神」であって、これが第三神論である。
     
  32. 貴教の第三神論は、「神媒」を指して言っているのに、どうしてその上また「先に自然があって、その後に物質があり、最後にようやく神がある、したがって第三神論と名付けるのである」と解釈するのか。
     易経序の卦伝は「天地があってしかる後に万物があり、万物があってしかる後に男女がある」と言っている。神は人が劫と修煉を経て変相するものであり、したがって前の第三神論というのは、神の「機能」について言っているのであり、後ろの第三神論というのは、神の「発生」について言っているのであって、これらにより第三神論の構想は更に広がるのである。
      
  33. 神が救済の神でもなく、創造神でもないというのに、どうして貴教はそれでもなお 上帝が宇宙万物を創造され、哀求の呼びかけとして 上帝を「赦罪大天尊」であるとするのか。はなはだ矛盾しているのではないか。
     大変率直な問いであるが、境界をはっきりさせておかなければならない。 上帝は 上帝であり、神は神である。自由神から仙仏聖尊に至るまで、皆神である。神の数は多いが 上帝は絶対的なものであり、お一人のみである。 上帝の大徳大能は、想像不可能なものであり、他にたとえることができないものである。 上帝が造物主であられるというのもその通りであるし、 上帝が赦罪主であられるというのもその通りである。
     
  34. 上帝は先天にして存在しておられるので、形象はないのが当然であるが、諸天の聖尊仙仏は人が神になったものであるから、形象を世に留めるのは自然である。貴教は偶像崇拝に対してどのような態度をとっているのか。
     本教は偶像を崇拝していない。本教の各教院教壇光殿を見れば、決していかなる神像をも祭っていないことが分かるであろう。
     
  35. 貴教の天極行宮の横にある太子殿には、托塔李天王の第三太子??の神像が祭ってあるのではないか。
     確かにそうであるが、太子殿は同奮の私的財産であり、こちらの方が天極行宮よりも先に建立されたのであって、本教はそれを何ら束縛するつもりはなく、そのあるがままにしているのである。本教は偶像を崇拝しないが、偶像を崇拝することに反対することもない。偶像崇拝は信徒にある種の固定観念があって執着している敬虔な行為であり、信仰の自由の範囲に属することである。一旦観念が改められれば、自ずと問題なく解決するであろう。
     
  36. 貴教の天極行宮は、神聖荘厳で、人をして誠心、敬虔、静粛にさせる雰囲気を持ち、一般の寺廟道観とは全く異なっているが、その特徴について簡略に説明願いたい。
     本行宮は 上帝が巡天節の際に台湾上空において留まられる安在所となっており、本教の天人を貫通する精神的砦でもある。また行宮には「天人訓練団」が設けられ、「法華上乗正宗静坐訓練班」、「大学青年宗教研修キャンプ」等の活動を主催しており、本教の短期教育研究訓練センターとなっている。
     
  37. 天極行宮の第一層は「平等堂」と名付けられているが、命名の由来を説明願いたい。
     本教の教義の第一の結語は「第三神論」であり、神の真の相があげられている。第二の結語は「聖凡平等」であり、人と神は根本的に異なるところはなく、すなわち自然と平等である筈であるとするものである。人は霊の基であり、聖はすなわち人が修行してなったものであるから、神聖も畏れるには足らず、仙仏も元々尊高であった訳ではなく、平凡な身体から自ら育て上げ錬磨奮闘、自ら創造し現実を超越して成ったものであると考えられるのである。天極行宮は本教の天人を貫通する精神的砦であるとともに、教徒の短期教育研究訓練センターでもあるので、第一層を「平等堂」と名付けたのである。これによって本教の教徒に、「*舜であれ、私であれ、立派なことをなした人は皆同じ」なのであり、奮闘して成就することを明らかに示そうとするものである。

  38. 貴教は教徒を「同奮」と呼んでいる。共同して奮闘するの意味は明らかであるが、奮闘の道についてお尋ねしたい。
     奮闘の道には三つある、一つは「自己に向かって奮闘」、二つは「自然に向かって奮闘」、三つは「天に向かって奮闘」である。
     
  39. 自己に向かって奮闘とは、何のことをいうのか。
     自己に向かって奮闘するというのは、すなわち「我に向かって」奮闘する、あるいは「自我」の奮闘であり、一切の奮闘の起点および基礎である。私欲を去らせて天理にあずけ、自分の心を天理の極と同じ純心にまで戻し、更に進んでこの世で立功、立徳、立言し、「和平奮闘、国家を救い、民族を救い、世界を救い、人類を救う」ことをもって邁進の過程とし、人道を全うした「戦士」となることである。
      
  40. 自然に向かって奮闘というのは、何のことをいうのか。
     自然に向かって奮闘するというのは、すなわち物質に対して奮闘するということであって、その主旨は物を使役するのであって物に使役されるのではなく、自然を克服することによって自然を超越し、自然を御し、霊性の活発さを充分に発展させ、人類文明を創造して真理の境界にまで発達させ、同時に自然界の人類に対する迫害と制約を取り除き、そうして自然に向かって奮闘するものこそが、「真の英雄」となるのである。
      
  41. 天に向かって奮闘というのは、何のことをいうのか。
     天に向かって奮闘するというのは、天界に向かって平等を要求する奮闘である。生前を正々堂々と過ごした人物が、死後正々堂々の神霊となる。これは自由神の境界である。仙仏にならい、ひたすら善を心がけ、徳を立て世間に対して計り知れない功徳を積んだものは、奮闘して天闕に至る。これは聖者の境界である。自分自身の業を洗い流すことによって、金剛不壊の修持を練り、断固として奮闘を続け、自力で平等の域にまで到達する。これは仙仏の境界である。したがって人はこの世において、必ず永恒の大志を抱いて、無量の大願を発し、生命の不滅を求めなければならない。こうしてこそはじめて輪廻の苦をのがれ、自力で罪業の域から抜けだし、千秋の後世のため宇宙真理の実現を促進できる。こうしてこそ「大丈夫」となるのだ。
     
  42. 三種の奮闘には前後本末はあるのか。互いの関係はどうであるのか。
     「自己に向かって奮闘」は三種の奮闘の内の「基本」奮闘であり、奮闘の起点でもある。ここより「自然に向かって奮闘」に至る。「自然に向かって奮闘」は「中継」奮闘のようなものであり、科学技術の突破*により自然を凌駕し、「天に向かって奮闘」の更なる助けとなって相互に力を増す。「天に向かって奮闘」は「終端」奮闘であり、聖凡平等、天人大同に到達する。
     
  43. 貴教の天極行宮の第二層は大同堂と名付けられているが、各地の教院にもまた皆大同堂がある。貴教は「大同教」ではないのに、なぜこのように「大同」に執着するのか。また貴教は宗教の大同を主張していると聞くが、それは世の気運の大同か、それとも天人の大同か。
     我々は大同に対しては確かに執着的であり、熱望的であり、追求的である。宗教的立場より我々は宗教の大同を主張する。なぜなら各宗教は同じ源、天帝から出ていないものはなく、「一本万殊、万殊一本」(一つのおおもとから数多くの異なるものへ、数多くの異なるものは一つのおおもとから)であるからである。各宗教の発生には、それぞれの特殊な時代地域の背景があり、いつの時代の宗教もその時代の思想的要求に応じる必要があるとはいえ、大体においてその精神は一貫するものであり、その気概は相通ずるものなのである。当然ながら、いわゆる大同には、おのずと大同小異があり、大切なのは愛するところが同じであるが、敬するところは異なっているということなのである。したがって本教の教徒は、もともと信奉していた宗教を信奉し続けてもよい。すなわち本教を訪問して下さる各教の教友と客人に対し、我々は各教の儀礼にしたがっていただいているのであって、各教は一体で相親しむべきだと考えているのである。宗教の大同から世の気運の大同を促進し、世の気運の大同はすなわち世界の大同なのである。世界の大同はもともとは人文社会の政治的理想の境界で、人類が常に追い求めてきた理想であり、宗教の大同を推進して顕化させたならば、人類数千年の夢はすぐさま現実となるのである。マルクスは「宗教は人類の貧窮と無知から生まれた、もし人類が知識を得て富裕になったならば、宗教は自然と消滅するであろう」と言った。事実は正反対になっている。人類が富裕になればなるほど、知識が進歩すればするほど、*心智はますます迷惘し、心霊はますます空虚になり、精神はますます苦痛を感じ、宗教の導きと慰めと癒しを必要とするようになっている。なぜなら宗教の力量は人類の知性と感性を越えており、いかなる遠大なところにも、いかなる微小なところにも、届かないところはないからである。世界の大同の時代が到来するというのは、すなわち真の世界の永久平和の時代が到来するということであり、人々は自我奮闘を成就し、皆聖賢となり、その上自然を征服して、生物化学、科学技術の*突破により、皆が不老長寿となり、皆が仙仏となり、人間界いたるところ天国となって、人と天の境がなくなれば、これがどうして天人大同と言えないであろうか。
     
  44. 貴教の天極行宮の大同堂には、どうして巨大な国父孫文先生と故蒋介石総統の画像が懸けてあるのか。この場所は宗教の聖地であって一般の政府機関ではないのに、どうしてこのような他の場所では決して見かけることができないものがあるのか。
     お二方はすでに天において修行して神となっている。本教の天極行宮の完成により、 天帝は国父孫文先生を中山真人に、故蒋介石総統を中正真人に封じられ、天極行宮玉霊殿の正副殿主としてお遣わしになった。したがって従来本教の各教院光殿には位牌や神像をたてないでいたが、お二方の画像は以後大同堂に懸けることになった。大同堂は本教精神訓練の重要場所であり、朝に夕にお二方を仰ぎ見ることは、常にお二人の精神が共にあることを感じさせ、奮闘の志気を高める助けとなるのである。
     
  45. 貴教の見解では、 上帝はどうしてお二方を中山真人、中正真人と封じられ、天極行宮玉霊殿の正副殿主としてお遣わしになったのか。
     お二人は、革命救国の大業半ばにして、ご意志を果たすことなく亡くなったが、天における霊はこれを気にかけておられ、一日も早く大業が果たさせることを願っているに違いない。特に現在は世界の問題が深刻になっている上、問題の中心がアジアにあり、アジアの問題の中心が中国にあることから、中国の問題が解決されなければ、世界の太平もない。中国の問題を解決するためには、三民主義を実行する必要がある。国父孫文先生は三民主義の創始者であり、故蒋介石総統はその実行者であり、この間の事情は 上帝にも洞察いただいている。したがってお二人を修行によって神になされ、真人として封じられ、正副殿主となされ、常駐により大陸を俯瞰して、遙か彼方より中国を動かし、霊界の革命先烈と忠勇の将士英霊をを統帥して、長期に亘って三つの特殊任務を執行させられるため、お遣わしになったのである。その三つの特定任務とは、一、有形無形の力を結合させ、台湾、澎湖、金門、馬祖を強固にする、二、中国大陸の人心が我々の方に向くように画策し、反共革命の発生を導く、三、中共の邪念を取り払い、共産主義を放棄させ、三民主義による中国統一という中国人全ての願いを受け入れさせる。事実上、形勢の発展は着々とこの目標に向かって進んでいる。
     
  46. 天極行宮の「特定任務」および貴教の祈祷詞の「青天白日光明を放つ」などより、貴教の愛国感情を知ることができるが、これらは一部の人士によって深く政治的色彩を帯びていると考えられ、「国民党の外郭宗教」と揶揄されているが、貴教はどうお考えになるのか。
     宗教徒であって国民でないものはなく、国民が国を愛するのはその本分である。宗教徒は自国民の外に身を置けないだけでなく、宗教家の精神に基づいて更にその国を愛すべきである。これが本教の首席使者が「"自分だけの輩"になってはいけない、自分から福報を求めてはいけない」と度々おっしゃっているゆえんである。救劫救世をなそうとするなら、まずその国を愛さなければならず、実際の行動をもって、政府の呼びかけに呼応し、政府の政策を擁護し、政府の行為を支持しなければならない。一般国民でもこのようであらねばならず、宗教徒はなおさら自分の国家を愛さねばならない。天帝教が将来世界のどの国家に伝わっていったとしても、教徒は皆自分の国家を愛さねばならず、これは至極当たり前の道理である。ましてや宗教は絶対に政党ではなく、玉霊殿の正副殿主が国民党の前総理前総裁であるからといっても、この政府は国民党が執政している政府なのだから、本教を国民党の外郭宗教と揶揄するのは、そう言っている者に別の意図があるのでなければ、明らかな誤解である。本教は救劫救世のために復興したのであって、国際的な宗教であるが、本教が国連の外郭宗教であると言われたことはない。本教は「宇宙を家となす」のであり、本教を「宇宙の宗教」と言うのなら、それはそれで正しいのである。
     
  47. 貴教の宇宙観はどうなっているのか。
     本教は、大宇宙は無形宇宙と有形宇宙から成っており、かつ無形宇宙が有形宇宙を応化して、有形宇宙を包摂しているものであると会得している。この有形宇宙はすなはち世人が見たり聞いたりすることのできる物質世界であり、本教の教義はこれに対して「物質の自然観」を提議している。また物質世界を構成する最終成分が「電子」と呼ばれること、ただそれは一般物理学上の電子とは異なり、物質中において最小にして不可分の粒子を構成するだけではなくて、「陰性」および「同引異排」を具有していることを指摘している。これに対して無形宇宙というのは、俗説の言う霊界と天界、または精神世界であり、本教の教義「精神の人生観」においては、陽性の和子(性霊)は精神世界を構成する最終成分であることを強調している。*有形宇宙・物質世界の陰性電子と、無形宇宙・精神世界の陽性和子はあい助け合って「一元二用」の大宇宙本体を構成しており、これはまた「心物合一」の「一元二用」の宇宙観である。いわゆる心はすなわち精神で、いわゆる物はすなわち物質であり、人類の生存には精神と物質のどちらも欠けることができず、精神と物質には同じ重要さがあって、一元なのである。精神に偏ることもなく、物質に偏ることもない、これが一元二用である。
     
  48. 貴教の「物質自然観」は、大自然は大自然そのものが創造し、物質は自然が凝固したものであると考えているが、それでは「 上帝が宇宙を創造された」という説を否定しているように見える。貴教の見解をうかがいたい。
     「上帝が宇宙を創造された」。ただ 上帝はどうやって宇宙を創造されたのであろうか。人類の智慧では億万分の一も想像することができないのである。キリスト教の旧約聖書創世記には 上帝が六日間で日、月、星、辰、山河、大地、万物を創造されたとあるが、これも人間の智慧では創造しがたいことである。本教の教義において提議されている「物質自然観」では、天地万物はそれぞれその類よりその本性にもとづき、自然に演化衍生したものであると言っている。このような自然律は、「 上帝が宇宙を創造された」に逆らわないだけでなく、その上「 上帝はいかにして宇宙を創造されたか」に対する簡略な説明にもなっている。
     
  49. 貴教の教主は 上帝であられるが、貴教の上帝観はいかなるものであるのか。
     本教の上帝観は以下の十条ある: 
    一、宇宙万物を創造された唯一で至高無上の大道であられる。

    二、純鐳質の陽電であられる。

    三、宇宙の中心点の鐳都であられる。

    四、常に休まず、宇宙の運行のエネルギー源を提供されている。

    五、万性万霊が一定の規則によって生活と修行をする手筈を整えられている。

    六、宇宙間の一切の事物の変化の自然法則を掌握されている。

    七、自然律を調和する最高の執行者であられる。

    八、大自然の気運に順応して、清濁をお分けになる。

    九、有形、無形、有情、無情がすべて永遠の調和を得るよう、お望みになる。

    十、人類の修持が最高の境界に到達し、人類は 上帝と一体となって、 上帝の化      
         身となる。
     

  50. 貴教の教義における中心思想を簡略にお教え願いたい。
     本教教義の中心思想は、剛健に奮闘して休まず、天心の仁を体得し、親族に親しみ、民を慈しみ、民を慈しみ、物を愛するというものである。
     
  51. 貴教の教義の哲学的基礎は何であるのか。
     心物合一の一元二用の哲学的基礎をかたく信じ、天人合一の最高境界に貫通し、民族、民権、民生の時代的主流を強調し、三民主義の精神と一致することである。

  52. 貴教の教義の中心思想は、中国の儒家から出ているようだが、貴教の教義の哲学的基礎は三民主義の精神とも呼応している。これはなぜか。
     儒家思想は中国文化の主流であり、中国文化はすなわち 上帝の真道である。そして三民主義は中国文化の結晶である。したがって本教の教義の中心思想および哲学的基礎は、自ずと儒家の思想および三民主義と密接で不可分の関係にあるのである。
      
     
    三、組織とそれに関する問題
      
       
  53. 貴教はしばしば「時代使命」を強調しているが、宗教が時代使命を提唱するのは決して以前に例がないことではない。貴教はなぜ時代感をもつに至ったのか。貴教の時代使命は何か。
     この世界には多すぎるほどの宗教があるのに、その上「天帝教」で何をしようというのかと考える人がいるに違いない。この時代はそれを必要としているのだろうか。確かに宗教の数は多く、それぞれ創始の時にはその時代環境の必要に応じて人間界で布教救世を行うものである。中国について言えば、本教のほかにすでに十一の大宗教が存在している。ただ本教はまさにこの時代に向かって降ってきたものであり、この時代というのは中国大陸が赤化して、世界の危機が日に日に深刻になっている時代である。一にかつてなかった科学技術の発展により、精神よりも物質に重きが置かれるようになり、精神道徳が日に日に衰え、人心の険悪さはすでにどうしようもないところまで来ている。次に唯物無神共産暴力がはびこり、人心人性を破壊して、人類の活力を喪失させている。三にアメリカとソ連の対立から、核戦争の脅威が生まれ、人類を存亡の危機に立たせており、情勢は急を告げていて、すでに世界のいかなる現有宗教はそれを救うことができなくなっているだけでなく、宗教自身が同じようにいかんともしがたい状況に陥っているのである。今日人類の唯一の希望は皆が一丸となって 天帝が天帝教の人間界再来をお許しになることを祈求することのみである。そして天帝教はこの時代の要求に応じて地球に再来し、二つの大時代使命を帯びている。一に人類が根本から自らを救い、精神の再建に邁進し、道徳の建て直しを呼びかけること、二に 天帝が今までの過ちを寛恕され、核戦争による壊滅の浩劫を化延して天下の民をお救いになるよう、哀求し、同時に台湾が更に安定し、更に繁栄し、更に自由になり、一日も早く三民主義による中国統一と人類の永久平和幸福が実現するよう、間接的に祈求することである。
     
  54. 貴教の使命がかくのごとく崇高偉大であるなら、どのようにしてそれを実践するのか。
     それについては本教教院の組織を御覧いただきたい。本教は全地球を領域、全人類を目標としている。したがって本教の体制は国と州を跨ぐ世界的な宗教であり、宏教組織は最高の「始院」から州級の「統院」、国級の「主院」、省級の「掌院」、県級の「初院」そして町村級の「教堂」に至る、全六級五院一堂となっている。各院の内部組織もまた五級に分かれており、院教(副院教三教長(参教長、賛教長、督教長 各センター(普通道務、教務、管理、教財の各センターを置き、掌院および初院にはほかに天人気功センターを置く、必要のある時には非営利事業センターを置く)各典司各司となっている。
     
  55. 貴教の各級教院の最高指導者は、一律に「院教」「副院教」と呼ばれているのか。
     「院教」「副院教」というのは一般の通称である。始院においては「導師」「副導師」と、統院においては「統教」「副統教」と、主院においては「主教」「副主教」と、掌院においては「掌教」「副掌教」と、初院においては「宏教」「副宏教」と呼ばれている。
     
  56. 貴教の教堂というのは、貴教の基層組織であるのか。
     本教が町村に設けている「教堂」には、すでに設立されている「天真堂」、「天心堂」、「天然堂」、「天郷堂」、「天立堂」、「天南堂」、「天震堂」、「天祥堂」、「天蘭堂」、「天渓堂」、「天甲堂」、「天原堂」、「天福堂」、「天根堂」、「天鎮堂」、「天安堂」などがある。「堂」は本教の基層組織であり、「堂」には「主事」一人を置いて管理に当たらせる。
     
  57. 貴教の最高の精神的指導者が貴教の首席使者であることは分かったが、貴教の始院の最高指導者は導師である。首席使者はすなわち導師であるのか。あるいは導師を首席使者とよぶことができるのか。
     いずれも間違っている。首席使者はすなわち本教極院の最高職位の職名である。本教は人間界に教主を設けないので、首席使者が教主と同じつとめを果たすのである。それに対し導師というのは始院の院教であって、位は高いが、教職にある人員である。ただ本教は復興創教の初期にあたり、始院がまず建立されたので、始院の導師は暫時極院の駐人間首任首席使者によって兼任されており、暫時首席使者事務室を設け、始院が極院の設立までは極院の職能を代行するのを助けるのである。
     
  58. 貴教教院の宏教組織は、「始院」より「教堂」に至る六級五院一堂制をとっているが、「極院」はどんな職分をもっているのか。
     本教の極院は、首席使者が人間界に駐在して職権を公使する最高組織であり、「内職侍居執儀」、「枢機院」、「天人研究総院」などから組織されていて、始院に対し監督指導の責を負うが、実際の行政は行わず、責任も負わない。

  59. 「内職侍居執儀」とは何のことをいうのか。
     (一)「内職侍居執儀」とは、極院において職分をもつ人員であり、基層の「知礼」から「化覚」、「守乗」、「主儀」、「書記」、「浄堂」、「督理」、「参賛」、「文機」、「道綱」、「宏宣」、「都統」、「道通」、「翊教」、「輔教」に至る全十五級あって、極院の教務、道務、行政業務を処理する。総称して「内職侍居執儀」という。
      (二)核戦争による壊滅の浩劫を化延して初歩の使命を達成し、ここに天帝教は復興の第二の奮闘の十年に入り、極院の組織が設立され、長期救劫宏教、復興基地台湾の確保、中国平和統一の促進、 天帝大道の積極的な国際伝播、全地球を普化する基礎の確立などに対応するためには、首任使者の強力なご指導に頼らねばならないので、やむを得ず十五職級の侍居執儀を拡大編成して人力と財力を集中させ、宏教救劫の業務を推進して、無形を有形に応化させ、有形を無形に呼応させ、相助けあうことにより、天帝教億万年の不朽の大業をうち立てることになったのである。ただこの拡大編成はあくまでも緊急時期の臨時措置であって、首任首席使者が天帝教の立教の基礎がすでに強固になり、天帝教の法治制度がすでに確立され、台湾防衛方案の第三天命が完成されたことを確認されてから、精神的指導者の位置にお戻りになることを決定されるのをまち、極院の組織は主任首席使者の召集される全地球最高会議によって教綱に回帰し、始院はもとの通り全地球の宏教センターとなり、当時の環境によって拡大された組織は廃止合併などを行い、首席使者が安心して天寿を全うしていただけるようにするのである。
     
  60. 「枢機院」とは何のことをいうのか。
     本教極院の「枢機院」とは、本教の教綱の規定によれば、本教の全地球の枢機使者五十五名から組織されるものである。極院の最高諮問機関であり、したがって各枢機使者は同時に首席使者の最高諮問幕僚であり、首席使者に対して直接に責を負うものである。
     
  61. 枢機使者はどうやって決められるのか。
     首席使者によって極院の「輔教」より抜擢されるほか、各「統教」および各「主教」のうち道学、徳行、法技および道歴の秀でたもの、あるいは本教に対して特殊の貢献があり、人望の高い者は、 天帝のお定めを経て枢機使者として招かれるのである。
     
  62. 貴教の主任首席使者が天に帰られた後は、どのようにして後継者を決めるのか。
     すぐさま極院の最高教職である「輔教」により、枢機使者最高会議が召集され、枢機使者が互選により道を究め徳の高い者三名を選び、 天帝にお定めをいただく。この過渡期においては、当然「輔教」が代理人となり、首席使者の全ての職権を執行する。詳細については本教の教綱に厳格に規定されている。
     
  63. 「天人研究総院」とは何のことをいうのか。
     本教極院の「天人研究総院」の組織系統は左図の通りである:

     

     

     

     

    天人文化院 天人親和院 天人合一院

     

     

     天人文化研究所 天人親和研究所

     

    天人研究学院

     

     

     天人研究総院

     

     

     

     天人合一研究所 天人気功研究所

     

     

    天人修道学院

    天人訓練団

    秘書処

    財務処

    図書館

     

     

     

    「天人文化院」は宇宙の究極の真理を究める。「天人親和院」は宇宙の神秘を探究して、宇宙間の交流を促進し、天人文化を疎通させ、新時代の天人交通人材を養成する。「天人合一院」は霊と肉体の双修を求めて、なおかつそれらを完全永遠に保ち、凡を越えて聖に入り、自然に回帰する修煉をする。「天人気功」は本教特有の精神治療による人の病の治療を研究し、宏教の先鋒となる。「修道学院」は真修実煉をなす神職人材を養成する。「天人訓練団」は短期研究教育訓練機構である。総じて言うと天人研究総院は、精神科学を運用して現代の科学技術を結合させ、形而上形而下を貫通して自然の玄妙を明らかにする、本教精神教育の最高学府である。
     

  64. 貴教の「天人研究総院」はすでに開設されているのか。

     天帝教復興初期においては、人力と物力が欠乏していたため、暫時天人研究センターを開設し、その下に天人文化グループを設け、天人親和と天人合一のグループが各種の訓練活動を展開していた。民国八十(一九九一)年六月、時期が熟し、教綱の規定にしたがって天人研究総院に発展した。同院は南投県魚池郷中明村文正巷四十一、本院の?力阿道場に設けられている。
     

  65. 貴教の教徒同奮の奮闘手順はなぜ三皈三乗に分けられなければならないのか。以前はなぜ実施されていなかったのか。
     天帝教は組織のある宗教であって、教内のあらゆる教務、道務および管理方法の遂行と運用は、すべて教綱の規定によらなければならない。同奮達の修持手順も教綱の規定によって三皈三乗に分けられており、第一は師への帰依、第二は道への帰依、第三は上帝への帰依で、これが三乗に呼応する。天帝教創建の初期においては、世界情勢が緊張しており、核戦争が目前に差し迫っていたことから、原人が帰依して共に 上帝に哀求して、世界の人類を救い、核戦争による壊滅の浩劫が化延されるよう、奮闘する必要があった。よって同奮が帰依する際には三皈を一つにまとめ、直接 上帝に帰依することになっていた。しかし現在は世界情勢の緊張は緩和して来ており、同時に三皈三乗に必要な教職人員も厳格な訓練を終わったことから、民国七十六(一九八七)年旧暦三月一日より三皈三乗を実施することとなったのである。
     
  66. 三皈三乗とは何のことをいうのか。
     教徒同奮の三皈の手順およびそれに呼応する三乗進修であり、すなわち第一段階の皈師進修奮闘初乗、第二段階の皈道進修平等中乗、第三段階の皈帝進修大道上乗である。いわゆる三乗というのはこの三段階を指す。
     
  67. 三乗進修のそれぞれの内容はどのようなものであるのか。
     奮闘初乗:犠牲奉献、心と力と金銭を出し、霊体と肉体を犠牲にし、皇誥を誦唸し、原人を済度し、毎月の寄付を行い、親和集会に参加し、教義を研究して 収穫をレポートにするなど。
     平等中乗:天に向かって奮闘し、聖凡平等と天人大同を求め、霊と肉体の双修を通して、精、気、神を鍛錬し、生命の真正価値を悟り、上聖高真に達する。
     大同上乗:堪え忍び努力して修煉し、無色無相を究め、天人合一の永久精神の境界に入ることを求める。
     
  68. いわゆる皈師というのは、どの先生に帰依することをいうのか。
     いわゆる師というのは、 上帝が遣わされた駐人間首席使者であり、また人間界に相対してお二方の天上首席使者がいらっしゃる。皈師というのは、すなわち天上と人間界の首席使者お三方に帰依することをいう。
     
  69. 貴教の教徒はお互いに「道名」で呼び合っているようであるが、教徒全員に道名があるのか。「道名」の由来な何か。その意義はどこにあるのか。
     本教の教徒は、一般に「同奮」と呼んでいるが、以前は同奮で静坐班に参加し修了した者には全て本教の首席使者より「道名」が与えられていた。三皈三乗が実施されるようになってからは、初皈皈師の同奮で、信心がかたく、教義を研究して大きな収穫があり、修持に努力するものについて、督教長のサインによる許可を経て皈道礼を行い、*序宗「道名」を賜ることになったのであって、同奮全てに「道名」がある訳ではない。「道名」を賜ることは、多くの意義があり、そのうち最も重要なことは、彼らが本教の「中堅幹部」であり、随時「教職」に起用され、「教職同奮」として、本教のために奮闘奉献し、そして我々の師尊(本教の首席使者に対する尊敬の親称)の「入室弟子」となることに示されている。我々は「道名」を持っていることを誇りとしており、「道名」を非常に重要視している。我々は天上人間界教内教外いずこにおいても「道名」で呼び合っており、お互い元々の名前を忘れてしまっている程であり、甚だしくは自分の名前を他人のもののように疎遠に感じるようにまでなっている。丁度作家がペンネームを長く使っていると、本名は埋もれて忘れられてしまうのと同じようである。
     
  70. 貴教の同奮の「道名」は、どうしてみな「光」、「緒」および「敏」、「静」の字を使い序列をつけてあるのか。
     本教の教綱には「教系」が定められており、そこにはアジア中国語系国家の乾坤両道の道名が列挙されており、それぞれ三十二字を*序宗としている。乾道は「維」「光」「普」「照」「顕」「緒」「嗣」「禅」「平」「奮」「正」「大」「朗」「化」「乾」「元」「一」「道」「徳」「風」「万」「教」「崇」「中」「淳」「仁」「煕」「穆」「啓」「佑」「康」「同」の三十二字であり、坤道は「賢」「敏」「淑」「良」「貞」「静」「素」「荘」「綺」「華」「鏡」「月」「梅」「雪」「凝」「香」「慈」「祥」「温」「敬」「智」「慧」「円」「明」「儀」「範」「允」「式」「永」「斯」「揚」「清」の三十二字であって、綿々とかわることなく受け継がれている。現在の同奮の道名には「光」「敏」「緒」「静」の字のほか、少数の「維」「賢」「顕」「貞」「普」「淑」「嗣」「素」の字がある。もし父子舅婿あるいは母娘姑嫁がともに静坐班の修了者である場合には、その父には「光」、その子には「普」の字、母には「賢」、その娘には「敏」の字を用い、人として守るべき道を重んじているのである。
     
  71. 貴教の特徴は非常に多いが、たとえば教徒のことを「同奮」と呼ぶのはどうしてなのか。
     本教の教徒は皆 *天帝の偉大な徳に感服し、天下の民を救い、空前の大劫から逃れさせるために奮闘しているのである。自己を正し他者を済度し、人の心を呼び覚まし、根本から自らを救わせ、精神の再建に邁進し、道徳を建て直すために、また人生の究極を探究するために奮闘しているのである。したがって本教の教徒は一律「同奮」と呼ばれている。*朝に夕に励み、たゆまぬ努力をなすためにである。
     
  72. 貴教の教徒になるにはどうしたらいいのか。
     天帝の教えは、もともと人類に明らかに示されており、宇宙の主宰は宇宙が上下一致して信奉する最高対象であるのだから、いかなる宗教にも拘守することはない。道統の広義から言えば、あらゆる宗教の信徒は、皆天帝の信徒である。ただ手順上の狭義から言えば、本教に帰依の手続きをしてこそ、天帝教の正統な教徒となることができるのである。
     
  73. 貴教の帰依手続きはどうしたらいいのか。なにか条件や制限があるのか。
     本教の同奮には種族、国籍、性別などのいかなる制限もない。自分の国家を忠愛し、父母に孝順であり、天帝の真神を信仰し、救世の宏願、奮闘の決心、大同の思想などがあるものは、同奮一名以上の紹介があれは初皈の儀式に参加して、本教の皈師同奮となることができる。皈師の儀式は簡単質朴であり、何らの神秘的奇異的なところもない。
     
  74. 現在貴教には教徒がどのくらいいるのか。
     本教復興から今まで十四年、状況が切迫していたので、救劫と宏教を同時に行って来た。救劫の面では、朝夕の祈祷をなして、 天帝のお慈悲により核戦争による壊滅の浩劫が化延され、人類が救われることを祈求し、宏教の面では、首席使者の強力なご指導のもと、組織制度が確立され、原人を済度して*帰来させ、*多彩の諸子で信徒は約三十万人になっており、みな忠実に奮闘している。目下台湾、日本、アメリカのロサンゼルス、サンフランシスコ、ダラスなどの地で帰依する人数は、日に日に増加の一歩をたどっている。
     
  75. 貴教がすでに建立した教院はいくつあるのか。
     民国七十六(一九八七)年には、台湾内の教院建立計画はほぼ完成に近づいており、台北県新店市の始院と台中県青雲嶺の天極行宮のほか、台中市に中華民国主院および台湾省掌院各一、台北市と高雄市に掌院各一、桃園県、台南市、花蓮県、彰化県に初院各一、このほかアメリカのロサンゼルスに建立された始院の直轄するロサンゼルス初院、また日本の関西三重県に天帝教日本国主院玉和殿を建立した。民国七十六(一九八七)年下半年から八十三(一九八四)年七月に至るまで、以下の教院を増設した:
    一、鐂力阿道場(道場内に天人研究総院を併設する)、南投県魚池郷に設ける。
    二、天安太和道場、苗栗県三義郷に設ける。
    三、宜蘭県、基隆市、台北県、新竹市、苗栗県、台中県、南投県、雲林県、嘉義    
         県、台南県、屏東県、台東県など計十一の初院および澎湖県初院事務所。
    四、アメリカにおいてカリフォルニア州掌院とサンフランシスコ初院を増設。
    五、日本国主院を栃木県那須郡に移転し、また東京都掌院、千葉県および栃木県
          初院を増設。
     
  76. 貴教の日本国主院はいつ建立されたのか。
     (一)本教は民国七十一(一九八二)年初春、自由に布教する許可を得、翌年夏の初めには本教首席使者に率いられた台湾の教徒が日本へ宏教に赴き、日本国主院を三重県に建立した。またこの年の九月四日正午、富士山の標高二千四百メートルの新五合目において、日中両国の本教教徒が共同で「人類壊滅の危機を化解させ、日本の重大災害を軽減させる拡大祈祷大会」を執り行った。祈祷の親和誠意が上天を特別に感動させ、 天帝より慈しみを賜り、重大天災の劫難を化解するお許しが下された(日本の高名な気象学者である相楽正俊氏は、この年の九月十一日から十五日の間に、富士山が火山爆発し、それに続いてマグニチュード八クラスの巨大地震が起きて、六十万人から四百万人が浩劫の中で命を失うであろうとの予測していたが、何事もなく平安に日々が過ぎた)。
     (二)本教は一九八三年、三重県三重郡三論法禅宗引接寺内に「天帝教日本国主院玉和殿」を建立して、本教の日本における教徒藤岡瑛(光忠)を主院主教代理に任じ、樋口(光和)を補佐として、天帝の真道を伝布する任務を執行することとした。後同寺に財務問題が生じ、寺の財産は競売されてしまい、「玉和殿」も破壊されてしまった。ただ有形の玉和殿は破壊されてしまったが、日本国主院の名はなおも存在しており、 天帝は依然として大和民族と日本を加護する大神大仏――天照大神、神武天王、日蓮上人、大日如来、不動明王をお守りになっていたのである。日本の教徒が始終奮闘してたゆまず、中華民国の教徒が日本人との親和親善に努力して奔走し、日本の原人が天帝教に帰依するため次々と来参し、上帝が無形において秘かに準備を進められ、機が熟して来たことに鑑み、本教は栃木県那須郡那須町に野武士之館に六七千坪の土地租借権を獲得し、すでにあった建物に改修を加え、「天帝教日本国主院」となしたのである。その光殿の名称はやはり「玉和殿」であり、西暦一九九二年(民国八十一年)九月十一日(中秋節)に再度開光された。本教の首席使者李初極公と師母兼坤元輔教の過純華夫人が御自ら開光大典を主宰された。 天帝の御慈悲は、日本の教徒をお守りになり、 天帝の光は、必ず大和の民を照らすことであろう。
     
  77. 貴教には目下海外布教の計画はあるのか。
     (一)本教は全地球を普化するものであり、海外布教は必然的なことである。時代環境の必要に応じるため、本教の復興初期においては、全教は復興基地において心力を集中させ、世界を核戦争による壊滅の浩劫から救うため不断の祈祷誦誥をなし、世界情勢が最も緊張していた一九八四年(中国人のいう甲子の年)に先立つ、一九八三年秋には、富士山において「天帝教富士山拡大祈祷、人類壊滅の危機を化解させ、日本の重大災害を軽減させる大会」を執り行っており、国際宣伝の暇はなかった。
     (二)富士山祈祷大会の親和誠意が上天を特別に感動させたため、世界の緊張情勢は緩和され、本教は 天帝の宇宙大道を海外に向かって広めることができるようになった。すでにアメリカ西海岸のロサンゼルスには教院が建立され、アメリカ州宏教の「橋頭堡」となり、本教首席使者御自らの御主宰により開光式が挙行され、おおくの原人を呼び寄せた。このあとすぐに短期宏教幹部訓練班および複訓班が開かれ、教綱、教義、静坐および?功などの重要課程が伝授された。数千名から選抜されて修了した同奮の数は数百名にのぼり、一九九四年下半年に正式に修了、アメリカにおいて教えのために奮闘し、根を張って、天帝教の種子を播き、広く縁人を済度することが期待されている。このほかサンフランシスコとダラスの二ヶ所に教院が開設される時期も熟して来た。
     (三)本教は一九八三年と一九九一年から一九九四年にかけ、日本国の同奮のため特別に八期の宏教幹部訓練班(そのうち六期は台湾で訓練)および二期の複訓班が開かれたが、訓練を受けた同奮百余名は、*皆敬虔に誠意をもって忠実に心願を発し、すでに天帝教日本主院および東京都掌院、千葉県および栃木県初院の宏教幹部としての責を担っている。質問が提出されるかもしれない。同奮は同奮であって、どうしてその上宏教幹部にならなければならないのかと。よい質問である。これは本教の首任首席使者の偉大なお智慧より発せられた「天帝教は全ての同奮の天帝教であって、一人一人の同奮が求めに応じて宏教幹部に起用される権利と義務がある」という、優れたお考えにもとづいているのである。本教が短期間において目を見張る発展を遂げ、意気盛んであるのもその元をたどれば、全ての同奮が皆宏教幹部であって、手と心を携え一緒になって功徳を積むことに参加していることからもたらされたものなのである。

  78. 貴教の大同堂に置かれている、青地の中心に黄色い丸があり、その中心に篆書で赤く心の字が書かれている旗の、色や字などの表象にはどんな意味があるのか。
     これは本教の教旗であり、青色を地にすることにより太空を表し、青色によって平等を象徴させている。中心の黄色い丸は地球がとこしえに大宇宙に存在していることを表し、黄色によって大同を象徴させている。丸の中心は赤い「心」の字であるが、赤子の心また天心の仁が、絶えず休むことなく運行していることを示しており、赤色によって奮闘を象徴させている。これらによって、普く天の下、外見、肌の色、信仰にかかわらず、一律平等に宗教大同、世界大同、天人大同の原則を堅持し、天心を取り巻いて天帝教のために奮闘することを表しているのである。天帝教の中心思想のシンボルである-紅「心」の篆書は、本教の宗教的イメージの表象である。
     
  79. 貴教の教院の門口の上方にかかげてある「=」の標識は、貴教の精神的シンボルではないのか。その表象の意義はどこにあるのか。
     「(紅心字)」は本教の「精神的シンボル」であり、最高精神の表象であって、末永く教壇にかかげられ、大自然の旋回と運行、自ら努力して向上しようとするたゆまぬ奮闘精神を象徴して、また道教の自然       「八卦」、キリスト教の「十」字架の犠牲、仏教の「卍」字の慈悲、儒教の赤子の「仁」の心を融合し、宇宙を家となす天帝教の包容並立の精神を顕示している。
     
  80. 貴教は宗教の大同を主張しているが、「礼拝」は行っているのか。
     本教は宗教の大同を提唱しているが、それは宗教の源、宗教の精神および宗教がもとづくべき帰趨が平等に向かって歩んでいることを言っているのである。各教にはそれぞれの宗教儀式と活動があるが、本教では「礼拝」とは呼ばない。本教の各地教院は毎週「親和集会」を行っており、時間はそれぞれの教院が定めている。この集会は本教の重要な宗教活動と考えられており、本教の教徒は皆喜んで参加している。
     
  81. 貴教の「親和集会」と、カトリックの「ミサ」とプロテスタントの「礼拝」は、どのような違いがあるのか。
     形式上、「ミサ」と「礼拝」は、本教の「親和集会」とは、行われる時間が違うほかは同じく各教の主要な活動であるが、そのほかは全く違っている。本教の教義によれば、「親和」には三種類あり、それは人と神の親和、人と和子(性霊)の親和、人際の親和(人類相互間の親和)である。本教の「親和集会」は人際の親和であって、教徒間の相親相和でもあり、大同堂において行われる。まず本教の教歌を歌うことから始まって、教徒を親和の雰囲気に導き入れ、院務の報告によって、教徒が院務に参与している感を与え、首席使者の訓詞または天人交通によって得られた聖訓の宣読によって、教徒に「霊の糧」を充足させ、奮闘の信念をかたくすることによって、求心力を育み、次に前もって指名されていた教徒によって、特定のテーマについての講演または信仰上の収穫に関する報告が行われ、また感応などの出来事に対する研究が行われて、親和集会で最も重要なところとなる。その後の十五分ほどの時間は、意見交換および討論となり、教徒がお互いに相互存在の中に存在していることを会得し、相互に*同一感を持ったのち、最後の天人親和歌によって終わりとなる。散会の後は菜食による会食となり、大家庭のような暖かい雰囲気に包まれ、これによって凝集力が生まれるのである。要するにこの集会の目的は、教徒の間の親愛と誠意を増進し、教徒全体の「親和力」を高めることにあり、この「親和力」は奉献宏道伝教のために燃焼する無尽の「エネルギー」となるのである。

  82. 貴教には「教院親和集会」の活動のほかに、「家庭親和集会」が行われていると聞くが、その通りなのか。
     本教の各地の教徒は、皆計画的な組織のもと、いくつかの親和グループを作っており、各グループには正副のリーダー各一名が置かれ「家庭親和集会」開催の責任を負う。集会は毎月大体一二回行われ、週末の午後あるいは平日の夜、リーダー指定した同奮の家で行われる。グループに属する教徒は通知があれば、時間通り参加しなければならず、近所の人や友人を誘って集会に参加することもあり、彼らの内の多くは「天人気功」を求めている。「家庭式」の集会であるため、特に親しみ深く、お互い自然にとけあうことができ、親和の効果も大変高く、終了後は皆喜んで家路につくのである。
     
  83. 貴教の精神治療「天人気功」は、現代科学の観念に合わないように思えるが、医学界の非難を引き起こすのではないか。甚だしくは厚生行政当局の干渉をも招くのではないか。
     (一)本教の天人気功の「精神治療」に関する詳細な説明は、本教出版の『精神治療の診察を求める人に答える』を参照されたい。そこでは冒頭から「精神治療」というのは「心を診る」ことであり、東洋医学と西洋医学では手の施しようがなく、医療も効がない難病にかかり、持病を長く患っている患者に対してのみ、要望により診療を施すのであって、正に現代医学の窮を救うものであることが明らかにされている。ましてや本教は何らの物質的報酬も決して受け取らないのであるから、これは宗教の救世精神の純粋さによる善行なのである。その上医学的な立場も、精神治療を排斥することは全くなく、心理療法の一種に属する、補助療法と見ているのである。
     現代科学の観念に合うか否かについては、物事に対する見方は人それぞれによって異なるのであって、今日科学は目を見張る進歩を遂げたとは言え、宇宙の万象万理について分かっていることは極めてわずかである。その上今日には非科学的であることが、明日には最も科学的なことになるかも知れないのである。たとえば中国医学は、ずっと科学的観念に合わない非科学的なものと見なされて来たが、今ではこのような論調は全く見られなくなっている。特に中国医学の針灸穴道は、その新奇さが真実となり、西洋医学界を心酔させ、最も科学的な科学医学であると考えられるようになったのである。今日の科学的領域の中にも、科学者は科学理論(観念)に合わない科学理論を発見することがある。例えば、近年理論上、*「迅子」(TACHYON)存在の可能性があり、その速度は永久に光速以上であることが証明された。光速が毎秒二十九万九千七百九十二キロ四百五十六メートル二十センチであることは誰にでも知られており、アインシュタインの相対性理論は光速が一定不変の常数であり、かつ全ての事物は光速以上に加速できない、さもなくば時間が逆流するとしている。今「迅子」の速度が光速を超越するというが、それは何と「エネルギーが小さければ小さいほど、速度が早い」のであって、人類が知っているところの宇宙の定理に相反するため、発見することもできないのである。このような科学理論に合わない理論が存在しており、今日の科学者はまだそれを探し当てることができていないが、将来は探し当てることができるであろうか。それを予測することは難しい。同じく本教の「精神治療」もまだ「科学的精神治療」と言うことはできないが、「非科学的精神治療」と言うこともできない。将来もしかすると「迅子」が発見されるかもしれないのと同じく、本教の「精神治療」も未来においては最も科学的な精神治療となるかもしれないのである。
     (二)医学界の非難を引き起こすのではないかという点については、過去十四年間の経験からこのような心配はなくなっている。なぜなら我々の主張は、病人は医師の診察を受けるべきであり、薬物で治せる病は薬物で治療し、薬物治療の効き目がないことが分かってから始めて精神治療を行うというものであって、決して医師の生計には影響をもたらさないからである。特に喜ぶべきは、本教に帰依した中国医学、西洋医学の医師および薬剤師、看護人員がすでに数百人に達しており、その中には医学博士や教授などの高級知識を持った医学薬学方面の人材も少なくなく、本教で神職の栄誉を受けている医師も多いことである。
     (三)精神治療が医師法に抵触するのではないかという点であるが、医師法の中には境界線は示されておらず、いま衛生署も「民族療法」は医師法に違反しないと説明しているのである。ただ混淆を避けるため、我々は「精神治療」の名称を「天人気功」と改め、更に実際に合うものとした。
     
  84. 貴教の教徒で静坐班の修了者は全て、精神治療を行うことができるが、このほかの課程は伝習されているのか。例えば多くの人々が興味を持っている「霊通」「通霊」「神通」「通神」の類の活動はどうなっているのか。
     本教の静坐班には完全な教育訓練計画があり、そこで学ぶことのできるものは非常に多いが、「霊通」、「通霊」、「神通」、「通神」の課程はない。通霊や通神というのは、伝授のみで得られるとは限らず、まず自身が*静坐を習得していなければならず、全く正気の持養によるものであって、決して一朝一夕に成就できるものではない。本教が「通霊」と特には標榜せず、個人の「神通」についても語らないのは、本教復興の時代使命がまずは天下の衆生を救い、世界核戦争による壊滅の浩劫を化延するため、 天帝に「大神通」を現していただくことを哀求することにあるからである。
     
  85. 貴教が講座を設けて伝習している静坐は、どうして「中国正宗静坐」と称しているのか。
     本教の「静坐」は、教内の名称であり、正式名称は「天帝教、法華上乗、直修昊天虚無大道、自然無為心法」であるが、もし教外に用いると、困惑を招くに違いなく、度々注釈を加えなければならなくなる。そのため、「中国正宗静坐」と略称を用いている。「正宗」というのは、 上帝の昊天金闕より伝えられたことを指し、「中国」というのは、我々が中国で生まれたことによる。
     
  86. 貴教の正宗静坐は、中国の道家の伝統的な修煉の方式と、どのような違いがあるのか。最後はどこで成就するのか。
     両者はもともと基本的な差異がある。本教で修めるのは「法華上乗」である。「法華上乗」というのは、すなわち「正宗静坐」を指し、昊天虚無大道を直修するということである。なぜなら人は虚無からやって来たのだから、また虚無の中に帰って行くのである。したがって道家の「煉精化気」と「煉気化神」の二段階を飛び越えて、「煉神還虚」の最後にして最高の境界の*技を直接修煉するのである。ただ「煉」の文字をあげると、後天の有為法に堕して自然に相反してしまうことを免れ得ないので、本教の煉神還虚の「煉」は、「無為を心とする」、「自然為法」の宇宙の最も奥妙なる修持法則を堅持しており、人為的な力と意思を用いることは決してしないのである。あたかも行うことが難しく、際限がなく、手がかりもないかのようだが、ずっと修行をして行けば、自ずと虚の中に実があり、無の中に真があるのを体得する。もしこれを変わらずにしっかりと続けて行けば、ついには功徳円満となって、神の奥義を得、天人合一の永恒の精神境界に入って、 上帝の左右に回帰し、宇宙を家として、それと始終を共にするようになるのである。
     
  87. どうすれば貴教の静坐班に参加して、訓練を受けることができるのか。
     以前は本教の教徒であれさえすれば、正宗静坐班に参加する基本的な資格があった。しかし民国七十六(一九八七)年旧暦三月に三皈の手順を実施してからは、まず第一に「皈師」が必要になった。皈師の後、初乗の奮闘に進み、半年以上の不断の奮闘を経て、九項目の奮闘基準に合致し、教院督教長の許可を得てから、はじめて正宗静坐訓練班に参加の申し込みをすることができ、その上で首席使者の面談を受けることとなった。
     
  88. 貴教の正宗静坐班は、男女とも参加できるのか。
     本教において「乾」「坤」の両道は同じく重要であって、前述の奮闘条件に合致する男女は全て参加することができる。同堂で学習するが、グループに分かれて世話を受ける。また「坤道」が家庭調和の主体であり、社会においてもなすべきことは進んで行い男性に譲らない存在になっていることに鑑み、特に「女徳」の功課を増設している。また「夫婦一組」すなわち「夫婦双修」をすすめている。これがまさに「神仙の伴侶」である。本教首席使者すなわち我々の尊師と我々の師母(坤元輔教)の教えを受けるというのは、よき縁であり、更に果報でもある。
     
  89. 貴教の正宗静坐班はどこで開かれているのか。
     最も早くは台北県新店市の本教始院において開かれたが、後に台湾省中部および東部両地の信徒が激増したため、台中市の中華民国主院、および花蓮県始院直轄の花蓮県初院においても同時にそれぞれ静坐班が開かれることになった。台中県清水青雲嶺の天極行宮が完成してからは、正宗静坐班の静坐訓練の場に供されるようになった。この行宮は偶像を供奉している普通の廟宇ではなく、天を頂き地に立ち、時局を運化させる空前絶後の精神的砦である。山にいだかれ海に臨み、四方を見回すと、周囲十数里内には左手後方に少数の農家があるのを除いて、一面の原野であって、赤色の土壌は青い海と空に映え、この世にありながら俗塵を離れた感があり、自然環境は純朴安静の極みである。卯の刻に静坐をすれば朝日がそれに侍し、酉の刻に静坐をすれば夕焼けががそれに随い、夜風は力強く松風を奏で、静坐する者を「清虚」の妙境に送り届けるかのようであり、午の刻に静坐をすれば、日は正に真ん中に当たり、天の極と人の極がすでに一体となったかのようである。なおその上に玉霊甘泉が出、飲用に供され、真にどれほど探し求めても見つからないような理想的な道場、修持の適地でなのである。
     
  90. 玉霊甘泉とは何であるのか。
     天極行宮の「玉霊泉」の湧き水は、誠に得難いものである。日本統治時代に日本民族のねばり強さで幾度も開削を試みたが、いずれも成功しなかった。それは嶺が高く上がっておりの周辺の最も低いところでもなお、八百メートル開削しなければ出水しないからである。中国復帰後、地元の人々が幾度も日本人の開削の跡を掘り進んでいったが、皆失敗に終わった。天極行宮の着工前、工事期間には水が必要となり、落成後も大量の飲料水を供給しなければならなったが、このことをお聞ききになった首席使者は、上天に祷告ののち、工事の責任者である同奮に、「どこを開削しても水が出るであろう」と告げられた。そこで民国七十一(一九八二)年十月十七日午の刻、現在の玉霊殿の位置で着工式が行われ、天心の感応を得て、翌年一月二日夜半の地震の翌日、三百二十メートルまで開削が進んだ時、忽然と雲霧が広がり、瑞気が空高く昇り、湧き水が勢いよく噴出して来た。その水は甘美かつ純潔であること無比であり、人間界の美酒であるだけではない。四百メートルまで掘り進み、抽水機などの設備を整え、一月二十九日完工した。首席使者はこれに「玉霊泉」と命名された。上述の一月二日の夜半の地震は、いわゆる「竜王」が地下において地脈を貫き「泉」の水と汲み上げる仕事をしていたことにより起こったものであり、一月三日に雲霧が空一面に広がったのも、竜王らのお祝いによるものであると言われている。これがすなわち日本人にも、地元の人々にもできなかったことを、天帝教が成し遂げることができたゆえんである。アメリカのリンカーン大統領は「もし自分が理解できることであれば、それは自分の智慧で理解すればよい、もし理解できないことであれば、それは信念をもって受け入れるようにしなさい」といったことがある。
     
  91. 貴教の天極行宮の「玉霊泉」の開削成功は、確かに不可思議な出来事であるが、貴教はどうしてこれを宗教哲学研究社の月刊誌「宗教哲学」に掲載しなかったのか。
     中華民国宗教哲学研究社は、宗教哲学理論の研究を宗旨としている汎宗教的組織であって、ある特定の宗教に単独奉仕するものではない。同社の理事長は本教首席使者の長子である李子戈先生である。同社の毎月の「宗教学術講座」の開催も、また月刊誌「宗教哲学」の発行も、本教の同奮がその責を負っているが、同社は宗教に対しては超然的立場を保っており、それは一貫して不変である。その上本教はこのような出来事についてはおおよそ「平常心」をもって処しており、たとえ本教の雑誌「教訊」の中においても、誤って伝えられて行き、上天を冒涜することのないように、あまり報道されることはない。
     
  92. 貴教の月刊誌「宗教哲学」と雑誌「教訊」は、いずれも文章による宣伝活動であるが、二者の間には何らかの違いがあるのか。
     月刊誌「宗教哲学」と雑誌「教訊」は、ともに本教教徒の精神的な糧となるものである。前者は中華民国宗教哲学研究社の発行で、対象は全社員である。本教の教徒はみな社員であるが、社員全てが本教の教徒である訳ではない。後者は本教の教徒のみを対象としており、主に教内で閲読されるものであるが、公に回覧されることも歓迎されている。また前者の記事は、みな学者専門家の手によるものであり、宗教哲理を研究討論し解明する学術的刊行物であるが、後者は教内教徒の読み物である。内容は首席使者の挨拶、*天人交通情報、教院の重要通告、教院の大事記、研究成果、各地教院の動き、それに知識的、趣味的、実用的な「小新聞眼」などに限られる。
     
  93. 貴教の坤道教徒は、一般の活動に参加するほか、坤道独自の行動に参加することはあるのか。
     ある。本教の各級教院には、全て坤院が設置されており、始院の坤院院長は、我々の師母が任についておられ、首席使者をお助けになっている。ご老体御自らのご指導のもと、坤院は「梅」、「蘭」、「竹」、「菊」の四荘に分かれている。活動は大体において「梅荘」は清修養生を主に、「蘭荘」は古典の研鑽と詩琴書画を主に、「竹荘」は善行、労働服務、功徳の累積を主に、「菊荘」は社会への服務、己を捨て人のためになす活動を主としている。
     
  94. 貴教教院に連絡をとると、いつでも電話に読経の声が聞こえるが、これはどのような経文なのか。
     本教の「教則」であり、又の名を「人生守則」あるいは「廿字の真言」と言い、すなわち「忠、恕、廉、明、徳、正、義、信、忍、公、博、孝、仁、慈、覚、節、倹、真、礼、和」である。本教教徒だけでなく、全人類が身を持してことに当たる際の準則であり、熟読体得して、廿字の真言の一字一字の意義を理解し、更にその中のどれか一字を選んで適切に奉じて行えば、ほかの十九字は自然と一つに貫通するのである。自己を正し人を教化できれば、気風堂々となり、人心が知らず知らずのうちに感化を受け、世界の末劫も無形に解消することになり、更に宗教の大同と世界の大同がそれによって実現することとなる。したがって「教則」を奉じて行うことは、本教教徒としての「日行四課」の一つである。
     
  95. 「日行四課」とは何のことをいうのか。
     「日行四課」というのは、本教教徒の日常修持の四つの重要功課であり、その修持の三のレベルによって二種類に分かれる:
     その一-皈師者(すなわち初皈者)の日行四門功課
    一、教則の力行(人生の守則-廿字の真言)  
    二、皇誥、宝誥の虔誦
    三、反省懺悔(誤りがあれば改め、誤りがなければ勉める)
    四、奮闘カード記入(規定にしたがって項目に記入する)
      
     その二-皈道者(正宗静坐に参加した者)の日行功課
    一、教則の力行(人生の守則-廿字の真言)  
    二、皇誥、宝誥の祈誦
    三、反省懺悔  
    四、奮闘カード記入  
    五、静参  
    六、修法
       
  96. どうして皇誥と宝誥を虔誦しなければならないのか。
     本教の教徒は、自己のために思い巡らせず、個人の福報を求めないが、正しい心と誠の意思を堅持し、天下の衆生を救うため、両誥を敬虔に持誦し、持誦するごとに陽質の電射を強め、浩然の正気を発揮し、 天帝が暴戻邪気を取り除かれ、世界核戦争による壊滅の浩劫を化延され、復興基地台湾を更に強固にされるよう祈求する。あるいは元首が健康であられるよう、あるいは父母が無病息災で長寿であられるよう、あるいは心に疑いや心配があったり、環境に危険や困難がある場合には、誠意を尽くすところに自ずと感応があるよう、祈るのである。
     
  97. 貴教が両誥の敬誦を始めてから、感応はあったのか。その例をいくつかあげていただきたい。
     感応の例は多いが、その際だって大きいものを挙げると:
     (一)一九八〇年(庚申、民国六十九年)二月、ソ連は突如アフガニスタンに侵攻、イランをも侵攻占領して西側工業国家の石油供給を切断する企みを立てたが、アメリカのカーター大統領は幾度も強硬な声明を発表し、核兵器でペルシャ湾岸の油田の安全を防衛する決心を示した。ペルシャ湾情勢が緊張している丁度その時、本教では中国正宗静坐班第一期が修了し、第二期が開講されていたが、首席使者は両期の受講生三十余名を率いられ、日夜祈祷して皇誥と宝誥を持誦し、ペルシャ湾の全面核戦争が発生することなく、普通の伝統的戦争に弱められるよう、哀求された。果たして天が人の願いを聞き入れて威嚇作用が発生し、ソ連は軽率な振舞ができなくなってしまい、ペルシャ湾の核戦争は暫時回避することは出来たが、イラクとイランの、回教の兄弟国家同士の伝統的戦争は引き起こされてしまった。これは本教の皇誥持誦の力が実証された例である。本教はこれより皇誥と宝誥の持誦によって、天下の衆生を救い、核戦争による壊滅の浩劫を化延させることを、長期の奮闘目標としたのである。
     (二)民国七十一(一九八二)年三月本教の花蓮玉蓮殿が開設されてから、同地の教徒が両誥を敬誦したので、一年の間に強烈な台風が四度花蓮を直撃しようとしたが、いずれも上陸前に向きを変え、花蓮は運よく難を逃れた。また民国七十五(一九八六)年花蓮ではは百余回の地震が起こり、大きなものは五級にも達したが、本教の教徒が地震の震動をものともせず、両誥の持誦を続けたので、ついには奇跡が起こり、花蓮地区には何らの被害ももたらさなかったのである。
     (三)首席使者は埔里の閉関道場において、書簡により民国七十二(一九八三)年の正月三が日の休暇中、本教の同奮が皇誥を百万遍誦唸する運動を発起され、 上天が台湾の更なる安定と経済の復調を加護されるよう祈求すること呼びかけられた。全教の同奮は三日三晩の不断の努力を経て、遂に皇誥を読誦すること二百万遍の多きに及んだ。これによって同年の台湾の経済成長率は七パーセント以上に達し、台風も何度が台湾を襲おうとしたが、皆向きを変えた。これらはいずれも皇誥によって天心を動かし、庇護を受けたことによるものである。
     (四)本教は一九八三年九月四日、富士山の標高二千四百メートル新五合目において、「天帝教富士山拡大祈祷、人類壊滅の危機を化解させ、日本の重大災害を軽減させる大会」を執り行った。参加者全員が敬虔に、地に跪づいて皇誥を唱え、痛哭流涕したことが上天を感動させ、 天帝より慈しみを賜り、気象学者相楽正俊氏の予言した「この年の九月十一日から十五日の間に、富士山が火山爆発し、それに続いてマグニチュード八クラスの巨大地震が東京を襲う」ことは暫時延期するお許しが下された。中央日報の前東京特派員、後の社長黄天才氏は、民国七十六(一九八七)年一月十一日、天極行宮において数百人の静坐班の参加者に対し、この歴史的事件の事実経過について生証言をした。
     (五)富士山祈祷大会のすぐ後、一九八三年冬には米ソ核兵器制限交渉が決裂し、東西双方の緊張が高まった。首席使者は一九八四年元旦より本教同奮が皇誥を九千万遍誦唸し、 天帝が情勢を転回させて、核戦争による壊滅の浩劫を化延させ、世界にとって最も危険である甲子年の一九八四年を、レーガン大統領の再選までどうにか無事に乗り切るよう、哀求することを発起された。
     (六)天極行宮玉霊殿の三大特定任務の一つは「中国大陸の人心が我々の方に向くことを画策し、反共革命の発生を導く」であって、教徒同奮は多年に亘り朝に夕に皇誥と宝誥の敬虔な持誦を行い、大陸の同胞が一日も早く火熱厳寒を脱出することを幾度も願っていたが、その思いが天に通じ、上天を感動させ、民国七十八(一九八九)年六月四日北京で天安門事件が発生した。この時中国大陸の青年十数万人は北京の天安門広場に集結し、民主自由を勝ち取るため、デモ行進や断食座り込みを行い中共の軍隊警察と四十八日の長きに亘って対峙していたが、当局は六月四日最も残酷な武力鎮圧を行い、全世界を震撼させ、また中国大陸の同胞達を驚かせて、共産主義に反対し自由を求める意識を高揚させ、中共当局に厳しい警告を与えた。本教の祈祷の力はこのようなものである。そして民国八十一(一九八二)年七月一日より、更に無期限の台湾防衛護国平和統一法会を挙行し、台湾海峡両岸が平和統一されるまで継続されることになったのである。
     
  98. 貴教の「日行四課」の祈祷は、「信仰の心が惑わされず、赤魔の気が清められることを願う」の言葉から始まり、「天が中国大陸の同胞をお守りになり、彼らが果てのない苦海を離れ、一日も早く火熱厳寒を脱出することを願う」と続いて、更に「中国が統一され、中華文化が復興し、万方共和しますように」と続くが、同胞に対する真心と、国家に対する熱愛と、共産党に対する憎しみに満ち満ちており、宗教界では極めて稀にみるものであるが、その理由をお聞かせ願いたい。
     共産党は無神論者の群であるから、宗教は先天的に反共である。今日の世界の混乱の根源と、核戦争の危機と、末劫来臨の発端は、全て無神論者の引き起こしたものなのである。本教は救劫救世の時代使命を肩に担って、宗教界の先鋒となることを願い、惑わされぬ信念を持って、人を神と結合させ、根本から始める。中国大陸の同胞に対しては、血は水より濃いのであるから、彼らが長く火熱厳寒の中に置かれているのを見てそのままにしておけようか。彼らが一日も早く無辺の苦海を脱すことを祈るのは、自然の行為であろう。国家に対しては、本教は三民主義により中国を統一しようとする反共の国策を極力支持する。真の宗教信仰の自由があるのは、三民主義の指導下にある中華民国においてのみである。したがって台湾海峡の両岸が長期に亘って分裂することは受け入れがたく、全国民が協力団結することを心の底から望むものである。最後の難関を渡り、明るい前途を迎えることができたら、それは何とすばらしいことではないだろうか。
     
  99. 奮闘カードとは何か。
     奮闘カードと奮闘カードに記入することは、本教の特色の中の特色である。奮闘カードは、正気を養い、衆生を救い、天帝教を高く掲げ、身心を修養し、仕事に従事する等の五大類の具体的な「徳目」からなっており、両側には人目を引く標語「衆生のため祈福し、宇宙を家となす」と「自己のために思い巡らせず、個人の福報を求めない」があって、智慧を授けて悟りを開き、教徒が慎み深くまた勤勉になり、忠誠を誓い、犠牲奉献して心、力、金銭を出し、国家の前途のため、衆生を救うため、世界平和のため、祈祷奮闘することを呼びかけている。教徒は毎日、自ら時間を定め、その時間通り忠実に自分の奮闘項目を検討し、事実を逐次記入して、月初めに*初院へ納め、記録審査に送り心のうちを明らかにし、精進を求めるのである。昔曾子は毎日自分の身を三省したが、今の本教教徒は、昔の賢人の一万分の一でもついて行けるよう努力しているのである。
      
  100. 貴教は「奮闘」を強調している一方で、また「天命」を標榜している。「天命」には「宿命」に似た意味があるが、「奮闘」は力強く進取精神に満ち満ちていて、両者は全く違うようである。貴教はこれをどう調整して相補うものとするのか。御高見をお聞かせ願いたい。
     もし「天命」を上天があなたは幸運富貴になる、あるいは不運で失敗落胆するという運命を定めるとするのであれば、それは根本から間違った考えである。この「天命」の二字は、中国古典にすでにあり、大体商、周王朝の頃はそれを天の命令であると見ていたのである。たとえそうであったとしても、「天命は常ならず」であって、孔子に至りそれは天の徳の意味に転化され、天徳は我にあり、故に人は徳を修して天に並ぶことができ、天地とその徳を合わせ、人類に無限の生命を開拓することができるものであるとされた。しかし人というのは結局は血肉の躯であって、形のある生命には限りがあり、有限によって無限に対するには、力を入れて突破することが必要であり、そうしてこそ初めてこの生を無にすることがないのであり、また力強い奮闘によって全うされるのでされるのである。本教の示す「天命」は大処から言えば、人類が核戦争による壊滅の末劫の危機に直面している「天命」を指すのであり、小処から言えば、我国が経済及び震災地変の危機に瀕している時々刻々の「天命」、すなわち本教が担っている「時代使命」を指すのである。本教の首席使者は、常々教徒を激励して、皆には「天命」があり、皆はまた「時代使命」も担っていて、心と力を合わせ「天命」に恥じることのないようにしなければならない、「天の運行が順序正しいように、君子も自らを向上させることを怠らない」という力強い正気の精神にもとづき、奮闘に奮闘を重ね、「時代使命」を履行実践し、この信念を以て奮闘して行くようにとおっしゃっている。

 

 「問答」を終わる前に、ここで皆様に私と共に呼びかけることを願いたい。「天命、信念、奮闘」、「 天帝よ、私は奮闘することを願う、 天帝よ、私は奮闘することを願う、 天帝よ、私は奮闘することを願う。」

Pagetop

 

 


PDF版を読む

 

この小誌はドキュメントであり、フィクションでは有りません。
本書は当時のまま校正もしていません。 日本人の持つ大和魂の価値感を呼び起こし、 今後の日本国復興再建に役に立つ提言と確信しております。

Copyright © 天帝教 All Rights Reserved.